創作

 

   1

 その日、僕たちは〈連れション〉ならぬ〈連れレポート提出〉のため、柊(ひいらぎ)沢(ざわ)教授の研究室へ向かっていた。

 七月もまだ始まったばかりだというのに、外の空気は既に真夏の気配を帯びている。頭上から太陽の熱線、足元にはそれを跳ね返すアスファルト。上下から身体を炙られるような、不快感。

 僕は暑さからくる苛立ちの八つ当たりも含めて、隣を歩く友人・牧野剣(まきのつるぎ)を肘で小突く。

「お前さあ、もう二回生なんだからレポートの提出期限くらい、守れよな、このバカチンめ」

「……白藤(はくどう)、暑いからってイライラしてるだろ」

 白藤、とは僕の名前だ。白藤(はくどう)椿(つばき)、というのが僕のフルネームだった。

「してるよ。よくわかったな」

「だってお前、昔から暑いとすぐにイライラして、小突くじゃん、俺のこと」

「うるせえ、バカチン」

「あと、すぐ俺のことバカチンっていう……」

「本当のことだろ。鞄ごとレポート家に忘れてくるやつがどこにいるよ。このバカチン大魔王」

「忘れたんじゃないって、カルチャースクールに持ってってる鞄と間違っちゃったんだって」

「カルチャースクール?」

 牧野に似合わぬその単語に、僕は思わず訊き返していた。

「うん。あれ、いってなかったっけ。ミステリにネタになるかもと思って、去年の秋から講座、受けに行ってんの。駅前のカルチャースクール、学割あるし面白いぜ」

「へえ」

「なんかさ、ミステリオタクの人もいてさ、すごく面白いよ。初日に友だちンなっちゃった」

「ふうん」

 相槌をうちながらも、僕はやや面白くない気持ちを味わっていた。僕と牧野は中学時代からの腐れ縁で、これまでずっと行動を共にしてきた。一緒に見知らぬ土地へとやって来て、唯一の知り合いだと無意識のうちに心の拠り所にしていたのかもしれない。僕の知らないところに、僕は顔も見たこともない牧野の友人がいる……嫉妬? ……まさか。

「にしたって、普通、鞄を間違えたりするか?」

「だって、急いでたし……」

 むう、と頬を膨らませてみせる牧野。今時、マンガでだってこんな単純な〈不満〉の著し方、しないだろう。彼の顔は頬袋に餌をつめこんだハムスターにそっくりだった。……面白い。

 笑い出したいのを必死にこらえて、僕は出来る限り不機嫌そうに「あっちいなあ」とうめいてみせた。すると牧野は頬を膨らませるのをやめて、

「暑いなら、そのむさくるしい髪の毛を切れよ。スッキリするぞ」

 去年から伸ばし続けている僕の髪は、すでに肩にあたりそうなところまで毛先が到達していた。僕の身長は一七〇センチそこそこだから、後姿だけなら、ちょっと背の高い女の子に見えるかもしれない。

 これは別に散髪屋に行く金がないからではなく、とあるミステリの探偵に対するリスペクトを表すため、こんな髪型をしているのだ。とうぶん切るつもりはない。

「いやだよ。ていうか、話を逸らすな。お前、感謝しろよ、柊沢先生ンとこに一人じゃ行きたくないっていうから、ついてきてやってンだぞ。俺はちゃーんと、昨日の授業時間内にレポートを出したから、ホントなら行く必要なんて皆無なんだ、ごちゃごちゃいうなら、一人で行けよ」

 そういって、踵を返すふりをすると、とたんに慌てたようにヤツは僕の腕に縋り付いて、

「やだぁ、白藤様たら、いけずぅ。その髪型、とっても素敵! ジョン・レノンもびっくり! 超イケメン、素敵、白藤様なら、もう今日にでもジャニーズに入れちゃうよ、素敵、結婚して欲しいくらい、だからついてきて、ねっ」

 褒めているんだかバカにしているんだか、わからない言葉を投げかけてくる。相変わらず、お世辞が下手くそだな、コイツは……。いったい〈素敵〉って何回いえば気が済むんだか。

「わかった、わかったから離れろ、暑苦しいったら」

 牧野の額に手を当て、ぐい、と押し返す。トイプードルの毛みたいな髪が顔にあたってくすぐったかった。癖ッ毛なんだ、コイツは。

「ついてきてくれるよな」

「ああ」

 そこでやっと、牧野はホッとしたように僕の腕をはなした。

「そんなに嫌なのか?」

「嫌だよ! あの人、ねちねち嫌味ばっかいうんだもん。わざわざ『明日、研究室に持ってきなさい』っていったのも、あれだぜ、研究室でたっぷり嫌味をいうためだぜ。じゃなきゃ、来週の授業の時でもいいはずじゃん」

「まあ、期限を破ったお前が悪いんだけどな」

「人間は失敗して成長するの!」

 なぜか偉そうに胸をはる牧野。華奢で小柄なので、あまり迫力はない。

「でも、僕がついていっても嫌味いわれるのは一緒じゃないか?」

「同じ嫌味をいわれるのでも、独りぼっちより、誰かいるほうがマシだろ」

 そんなものだろうか。

 

 僕たちが所属する社会学部の先生方の研究室は、〈水流館〉という建物にひとまとめにされている。柊沢先生も所属は社会学部なので、この館内に研究室がある、というわけだ。

 時刻はあと数分で午前十一時になろうか、というところ。授業時間中だからだろうか、水流館の一階には人の気配はなかった。普段、学生だらけの猿山みたいに喧しい校舎で生活しているからだろう、シンと静まり返った水流館はなんだかとても不気味だった。

 一階は小さなラウンジと集合ポスト、あとは館内の案内板しかなく、研究室は二階以上のフロアにある。

 柊沢先生の研究室があるのは四階フロア。階段を使って、二階、三階、そして四階にたどり着くまでの間、誰ともすれ違うことはなかった。それぞれの階のフロアにも、確認出来た限りでは人の気配は感じられず、ひょっとして今日は休校日だったかな、なんて心配になってしまう。

「こっちだ」

 牧野に腕を引っ張られ、廊下を突き進む。

 廊下には、黒い扉が等間隔に並んでいる。それぞれの扉には、そこの部屋を使っている先生方の個性が出ていて面白かった。亀のシールを貼ったり、海外の映画のポスターを貼ったり、ゼミ生との連絡に使うらしいホワイトボードかぶら下がっていたり。

 廊下の突き当りのところで、牧野は足を止めた。一番端の部屋、今度北海道の大学で行われるらしい学会の宣伝ポスターが貼られた扉。

そこが、柊沢先生の研究室だった。扉の横の壁に「401 柊沢道子」と書かれたプレート。

「ここか……嫌だな……」

 さすがの牧野も、声を潜めて呟いた。

 僕は彼の耳元でせいぜい優しく、

「そういうのを世間では〈身から出た錆〉というのですよ」

柊沢先生の口調のモノマネだ。

 牧野は不満そうに僕を睨みつけ、それでも、レポートを提出しないと単位がヤバイとわかっていたのだろう、手の甲で、コン、コン、と扉を叩いた。

 返事は、ない。

「いないのかな……」

「ノックが弱すぎたんだろ」

「そうか……」

 牧野は先ほどより、強めに扉を叩く。コン、コン、というよりドン、ドン、に近かった。そんな借金の回収にきたチンピラみたいなノックの仕方じゃ、ますます長ったらしい嫌味を頂戴する羽目になりそうだけど。

 しかし、今度もまた、返事はなかった。

「いないんじゃないの」

 すると、牧野は頭を横に振って、

「そんなことないよ。明日は一日中、研究室にいるって……」

「じゃあ、トイレか何か?」

「うーん……」

 僕はなんだかまだるっこしくなってきた。お腹も減ってきたし、さっさとこの静かすぎる空間からオサラバしたい。

「ラッキーじゃんかよ、先生がトイレなら。部屋ン中の机の上にでも置いておいてさ、『伺いましたが、お留守でしたので、机の上に置いておきます』って書置きして、逃げようぜ。嫌味、言われたくないんだろ? 持ってこなかったのならともかく、先生がいなかったのなら仕方ないって。悪いのは向こうじゃん」

「う、うん、そうかな……そうだな……」

 僕の提案に、牧野はあっさりと頷いた。やっぱり、先生とはできれば顔をあわせたくなかったらしい。

「んじゃ……失礼しまーすってことで……」

 そう呟くと牧野はドアノブに手をかけた。押し開けられる扉。室内の明かりが、薄暗い廊下に漏れだした。

 さっさと入ればいいのに、牧野はなぜか、扉を半分ほど開けたところでピタリと動きを止めてしまった。

 そのまま、うんともすんとも言わないので、僕は彼の背後から、

「おい、はやくしろよ。先生、戻ってくるぞ」

「……椿」

「なに」

 牧野は部屋の中を凝視したまま、いった。

「あれ、先生かな……」

「は?」

 意味が分からなかった。先生が室内にいたというのか? なら、まずは先生に挨拶するのが礼儀というものだろう。しかも面と向かって「あれ」呼ばわりは、あまりにも失礼だ。

 しかし、牧野は「あれ、先生かな……」とまるきり同じ言葉を繰り返すと、僕にも部屋の中を見るように促した。しかたがなく、牧野と場所を交代して、中の様子を確認する。

 僕の目に真っ先に飛び込んできたのは、人の脚、それに運動靴の裏の部分。誰かが、床に倒れていた。

 僕は足から視線を動かし、腰、背中、そして……。

 赤。

 頭から血が出ている。そう気づくのに、数秒かかった。

 後頭部の白髪をかきわけるようにして、赤い血があふれ出ている。

 僕たちのいるところからは、彼女の顔は確認できなかった。したいとも思わなかった。

「うう……」

 よろめくようにして、後ろに一歩さがる。

 喉が押しつぶされたように息苦しく、悲鳴も出なかった。

 

   2

「―フン。で、大慌てで通報した、というわけだな?」

「はい、そうです」

 刑事はもう一度、フン、と鼻を鳴らし、「ガクブル震えやがって。情けねえ奴らだな。大学生ッてもガキだな」と独り言とも、僕たちに向けていわれた嫌味とも取れるようなことをブツブツといった。

 あのあと。逃げ出したいのをこらえながら僕が一一〇番に通報。僕たちは今、刑事たちから取り調べを受けている。レポートのことから死体発見のときのことまで、一通り話し終えたところだった。

 警察が到着するまでの間、どれくらいの時間がかかっただろう? 待っている間、僕は死体なんてとても見れたものじゃなくて、壁のほうを向いて座っていた。牧野は忙しそうにスマートフォンをいじっていた。ゲームでもして、気を紛らわせていたのかもしれない。

 警察が到着して早々、僕たちは第一発見者として事情聴取されることになった。場所は柊沢先生の研究室の前の廊下。牧野と二人、並んで聴取を受けていると、どうも悪いことをしてお説教を食らっている気分になる。

 僕たちを取り調べたのは、若い女性の刑事だった。小柄で僕たちより、ずっと背が低い。くわえて、童顔で化粧をしている様子もなく、さらに服装は上下黒ジャージときたものだから、刑事というより部活中の中学生みたいだった。

 名前は本郷冬至、というらしい。

「とりあえず、名前くらいは訊いておこうか。まず、チビ」

 本郷さんは軽く牧野の方を顎でしゃくった。牧野の身長は百六十センチかっきりだから、たしかに〈のっぽ〉ではないだろうが、〈チビ〉は口が悪すぎる。それに、牧野のことを〈チビ〉と呼ぶのなら、それよりさらに小さい本郷さんはどうなるのだろう。

 牧野は牧野で、むっと顔をしかめたのを隠そうともせず、

「牧野剣、です」

「マキノ、ツルギ……っと……じゃあ、そっちのロン毛」

 ロン毛、ときたか。

「白藤椿、です」

「ハクドー、ツバキ……なんだ、ツルギにツバキって、似たり寄ったりな名前だな」

「似てないです。俺のは剣道の剣、で、白藤はお花の椿」

「どうでもいいよ、そんなこと。ほら、ここに連絡先書いて。名前も自分で書かせりゃ良かったな。漢字で書け、名前も」

 本郷さんに言われるまま、僕たちはそれぞれ差し出された手帳に名前と電話番号を書いた。

「あのう、僕たち、もう帰っていいですかね?」

 これ以上、死体のそばにはいたくなかった。

 しかし、本郷さんは首を縦には振ってくれなかった。

「いいや、もう少し、ここにいてもらう。第一発見者だからな。まあ、死亡推定時刻等から推測するに、お前たちは容疑者からは外れるだろうが」

「よ、容疑者って」

 声が裏返ってしまった。

「なんの容疑者ですか?」

「お前、バカか? 柊沢道子殺害容疑に決まってるだろうが」

「柊沢先生、殺害されたんですか?」

「そうだよ。お前たちも見たんだろう、死体を。まさか、自殺や病死だといい張る気じゃないだろうな」

「……事故死、とか」

 じっくり見たわけじゃないけど、先生は確か後頭部から血を流して倒れていた。転んでどこかにぶつけた可能性だってある。

 しかし、本郷さんはやはり、頷きはしなかった。

「それもない。現場……研究室には、被害者の血がべっとりとついた灰皿が残されていた。重いガラス製だから、殺傷能力はじゅうぶん。これで殴り殺されたとみて、間違いない」

「じゃあ、そのトロフィーについた指紋を調べたらいいじゃないか」

 そう提案したのは牧野だった。死体を見たショックからはすっかり立ち直ってしまったらしく、怖がるどころか目をらんらんと輝かせてさえいる。

「指紋は拭き取られていて検出することはできなかった」

「そうか。じゃあ」

「お前と推理合戦してる暇はない。大人しく、隣の研究室で待ってろ」

 本郷さんに遮られても、牧野がめげることはなかった。本職の刑事さん相手に、なんてメンタルをしているんだ。

「でもさ、今のところ、犯人が誰かわかってないんでしょ?」

「今は、な。捜査を進めていけば、わかることだよ」

「じゃあさ、じゃあさ。俺たちも捜査に協力させてよ。俺たち、ミステリ研究会に所属してるんだ。絶対役にたつよ、なあ、白藤?」

「え? あ、あ、うん」

 勢いに負けて頷いてしまった。いやいや、役にたつわけないだろ、ばかちん。

 しかし、本郷さんは別のところが気になったらしい。

「ミステリ……? UFOでも呼ぶのか?」

 ああ、ありがちな誤解。今までも何度も聴いてきた、嘆かわしいセリフ。

「違います。推理小説の愛好家たちが集まる会です」

 自分の立場も忘れて、つい訂正を入れてしまう。

「ふーん。じゃ、コナン・ドイルとか、江戸川乱歩とか読むわけだ」

「そうですね」

「な? 役にたちそうだろ?」

 まだいってる。牧野は本当に、事件捜査に首を突っ込むつもりでいるのか。そういえば、やつは日ごろから一冊ミステリを読むごとに「俺も探偵になりたい!」とか「事件に巻き込まれて探偵役をやりたい」とか、挙句の果てには「警察が俺の頭脳を頼りに来てくれないかな……」などと戯言を吐いていたっけ。

「うん、そうだな……と、いうと思ったか? 警察が?」

「言わないのか?」

 どこまでも食い下がる牧野。もうよしたほうが良いと思うけど、どうしよう。羽交い絞めして、本郷さんの指示通り、隣の研究室へ引きずりこんだほうがいいかしらん……と迷っていると。

「お待たせえ」

 廊下の向こう側から、とぼけた声。見ると、スーツを着たひとりの中年男がこちらに向かって歩いてくるところだった。

 本郷さんはくるりと振り返ると、その男の人に向かって、

「なんだ、結局来たのか、あんた」

「なんだ、はないでしょ。冷たいなあ」

 男は、年齢は五十代半ばくらい。黒い髪と黒いスーツのせいもあって、彼の姿はどこかペンギンに似ていた。身長はそんなに高くない。僕と同じくらいか、それよりやや小さいくらい。

 彼は本郷さんの肩越しに僕たちを見ると、

「この子たちは?」

「第一発見者の牧野剣と白藤椿、だってよ」

 振り返りもせずに僕たちを紹介する本郷さん。腰に手を当てどんな表情をしているのやら。少なくとも笑顔ではないだろう。

「なるほどね。僕は三条時嶺(さんじょうときみね)。警視庁捜査一課に所属してる。よろしくね」

 なにが「よろしく」なのかはわからないが、僕はとりあえず、「はあ、どうも」と軽く頭をさげておいた。牧野の方は人懐こい笑みを浮かべ、「うん、よろしく」などと言っている。いくらなんでも、軽すぎる。

 三条さんは僕を見ると、人の好い笑顔を浮かべたまま、

「椿君のその髪型は、八十年代のフォークソングシンガーでも意識してるのかな?」

「違います! ミステリの探偵を意識しているんです!」

 間髪入れずに反論してしまう。ここは譲れない。つい、語気が強くなってしまう。

「ありゃ……ごめんね」

 驚いたように目をぱちくりさせる三条さん。それから彼は、気を取り直すように本郷さんの方に向き直ると、

「それで? 話は聞けた?」

「ああ、一通りはな。だから、待機室で待機しとけっていってるのに、ゴネるんだよ、こいつら」

「へえ、なんで? なにかあった?」

 そこで我慢できなくなったように、牧野が口を挟んだ。

「俺たち、捜査に参加したいんだ。ミステリ研究会としてさ、協力したいなあって思ってるんだよ。謎解きとか、俺たち得意だし」

 いつの間にか、僕と牧野の二人ともが捜査に協力したがっていることになっている。

 そんなこと、どうせ、ダメと言われるだろうと思っていたのに。

 三条さんの反応は、意外なものだった。

「良いんじゃない? 協力してもらおうよ」

「ええ?」と僕。

「はあ?」と本郷さん。

 牧野だけが、にやにやと笑みを浮かべて「そうこなくっちゃ」と嬉しそう。

「正気か? 学生だぞ、探偵ですらないガキンチョだぞ」

「僕が毎週観てるアニメの探偵さんは、小学生だよ」

「アニメと現実を一緒にするな!」

「良いじゃない、面白そうだし。推理小説愛好家の素人探偵さんって。それに、階級的に、この現場の責任者は僕ってことになるでしょ、きっと」

「まあ、そうだろうが……だいたい、あんたのような階級の人間が現場に出しゃばってくるなんて……」

「固いこと、言いっこなし。たまには良いじゃない」

 そういうと三条さんは、へらりと気の抜ける笑みを僕たちの方に向けた。

「よろしくね、探偵さん」

 

   3

「とりあえず、現場を見ておこうか」という三条さんの提案で、僕たちは再び、死体―柊沢教授と対面することになった。

 本当は嫌だったのだけど―三条さんにも「気分が悪いんだったら、無理しなくていいよ」ともいわれたのだけど、そこで「じゃあ、僕はこれで」というのは、癪だった。だって、同い年の牧野は平気な顔して現場へ踏み込もうとしているのに、僕ばかりビクビクしているのはなんだか悔しい。負けた感じがする。

 そんな社会生活では役にたたないであろうプライドのため、僕は研究室へと足を踏み入れた。乗りかかった舟、だ。やってやろうじゃないか、似非探偵。この船がタイタニック号でないことを願う。

 それでも、すぐに死体に目をやることのできなかった僕は、とりあえず室内の全体像を捉えることから始めた。

 研究室の左側には本棚。専門書の他に賞状やよくわからない形をしたトロフィーもいくつか飾られている。恐らく、柊沢先生の研究功績を讃えたものなのだろうが、賞状はその大半が外国語で書かれていたため、読むことができなかった。

 部屋の奥には事務机が入口の方を正面にして置かれている。机の上には、デスクトップ型パソコンに、大量のファイル。

 さらに、部屋の右側半分を応接セットがじんどっていた。黒いソファがテーブルを挟んで向かい合っている。テーブルはとても低いもので、その高さは僕の膝くらいもないだろう。コーヒーカップが二つと、プラスティック製のコーヒーポットが置かれていた。

 そこで僕は一つ、あることに気が付いた。

 研究室の床にはクリーム色の絨毯が敷かれているのだけど、そのテーブルの下あたりに茶色い染みが出来ていたのだ。覗き込んでみると、二つのコーヒーカップとコーヒーポットの中身は、ほとんど空だった。こぼしたのだろうか?

 そして、さて。

 死体である。

 柊沢教授は、入口の方に足を向け、仰向けに倒れていた。後頭部からの出血はほとんど止まり、血も先ほどより黒っぽくなっている気がした。

 パンツタイプのレディーススーツに運動靴という恰好。先生のファッションなんて、これまであまり気にしたことがなかった。けど、今着ているベージュのスーツは見覚えがある。

「なあ、先生の靴、汚いな」

 牧野に言われ、靴をよく見ると、たしかに先生の靴は汚れていた。元は白かったらしい運動靴に、茶色い染み。スーツが新品同然に綺麗な分、余計に目立つ。

 僕は絨毯の床を指さすと、

「あれじゃないか?」

「なんだ、あの染み?」

「コーヒーだと思う。先生、ポットを倒すか落とすかして、コーヒーを靴にぶっかけちゃったんじゃないか」

「僕もよくやるよ、それ」

 いつの間にそこに立っていたのか、三条さんが僕の背後から顔を覗かせた。

「この間なんて抹茶フラペチーノこぼしちゃって、スーツも靴も、ついでに逮捕状もべちょべちょになっちゃった」

 さらっと言ってのけているが、最後のは汚しちゃだめなやつじゃないか。

「剣君に椿君。どう? なにか気になるもの、あった?」

「あったよ」

 牧野はテーブルの上のカップを指さすと、

「あのカップ。指紋とか、出なかった?」

「一つは出たよ。被害者の指紋が。けど、もう一つのカップはダメだった。念入りに拭いたんだろうね。きれいさっぱり、コーヒーの一滴も残ってなかったよ」

「そうか」

 牧野は特に気落ちする様子もなかった。指紋が出ないというのは、ある程度予想していたのかもしれない。凶器の指紋も拭き取られていたらしいし。

「椿君は?」

「えっと……特にありません」

 三条さんは続いて本郷さんに声をかけた。

「ねえ、被害者の死亡推定時刻ってわかる?」

 パソコンのデータを調べている最中だったらしい本郷さんは、ややめんどうくさそうに手帳を開くと、

「死亡推定時刻はかなり絞り込むことが出来てる。ここ、水流館の出入り口は一つしかなくて、そこ以外から出入りすることはほぼ不可能。で、この唯一の出入り口には監視カメラが設置されていた。水流館に出入りした人間は、全てこのカメラに映っていることになる。

 被害者がカメラの前を通ったのは、午前九時十三分。それ以降、彼女はカメラの前に姿を現していない。死体の状態や血の固まり具合から見て、警察の到着時点で死後一時間は経過しているとみられる。つまり、死亡推定時刻は午前九時十三分から午前十時前後である、と考えられる」

 僕たちが水流館に到着したのは、午前十一時頃。その姿も、恐らく監視カメラに映っていることだろう。今日は、それ以前に水流館には足を踏み入れていない。だから、僕たちは早々に容疑者から外されたのか。

「午前九時十三分……まあ、念のため、午前九時から午前十時半の間に館内にいて、かつ、アリバイのない人間を調べた結果、三人まで絞り込めている」

「相変わらず仕事がはやいね。どういう人たちかも、わかってるのかい?」

 本郷さんは「名前と所属くらいは」と前置きして手帳に目を落とす。

「容疑者一人目、東尾雄介(ひがしおゆうすけ)。社会学部教育学科の教授。五十三歳。容疑者二人目、高池恵人(たかいけけいと)。社会学部情報教育学科の准教授。三十七歳。容疑者三人目、藤見尚子(ふじみなおこ)。社会学部福祉学科の准教授。三十五歳。三人とも、被害者より先に水流館に来ていて、それ以降は警察に呼ばれるまでずっと自分の研究室にいたと証言している。とりあえず、隣の研究室を待機室にして、そこで待たせてる」

 本郷さんは手帳を閉じ、それをジャージのポケットにしまった。

「どうする? 隣に行って話を聞くか?」

「うーん、まあ、話は聞かなきゃいけないだろうけど、場所は移したいな」

「まあ、そうだな。話は一人ずつ聞いたほうがいいだろう。もう一部屋、事情聴取のために開けさせるか」

 本郷さんの提案に、三条さんは首を横に振った。

「いや、それよりも、それぞれ本人の研究室で話を聞こう。研究室の様子も、見てみたいし」

 

 事情聴取のトップバッターは東尾先生。僕たちはまだ、一度も授業を受けたことがない先生だ。

 東尾先生の研究室は三階。ドアには、不思議な模様のタペストリーが飾られていた。あとで教えてもらったのだけど、海外に出張したときに買った土産物らしい。

 東尾先生の研究室は、整理整頓が行き届いていて、どこか角ばった印象を受けた。左右には壁と同じ高さの本棚。専門書が隙間なくびっちりと詰め込まれている。デスクの上には、デスクトップ型パソコン。大学が支給しているものらしく、柊沢先生の研究室にあったのと、まったく同じタイプだった。それから、青色のマグカップと銀色のコーヒーポット。室内には、微かにコーヒーの香りが漂っていた。

 部屋の中央にはテーブルと、それを囲むように四つのパイプ椅子。

 東尾先生は、僕と牧野に怪訝そうな目を向けたが、特別なにか訊いてくるようなことはなかった。新人の刑事、とでも思われたのかもしれない。

「今日は何時ごろ、この研究室にいらっしゃったんですか?」

「午前九時……ちょっと前くらいでしょうか。性格には覚えていませんが」

 先生のバリトンの声はとても聞き取りやすかったけど、この声で授業をされたら居眠りしてしまいそうだ。穏やかで、優しくて……眠くなる声。牧野など、すでに眠たそうに目を擦っている。

「何をされていたんですか?」

「授業の準備です。今日は五限と六限に授業があったので、そこで使うパワーポイントの手直しを」

「ずっと研究室にいらっしゃったんですか?」

「ええ。一歩も外には出ていません」

「それを証明できる人はいないんですよね?」

「はい……」

 三条さんは視線を東尾先生から事務机の上に移すと、

「作業は、あのパソコンで?」

「ええ。そうです」

 僕たちは誰からともなく、その机の方へ近寄った。マグカップの中身は、やっぱりコーヒー。カップの下には、丸いコースターが敷かれていた。

「このコーヒーは、先生が淹れられたものですか?」

 振り返って訊ねると、

「ええ……眠気覚ましに、そこの電気ケトルを使って」

 指で示された方を見ると、コンセントの傍に電気ケトルが置かれていた。床に直置きは、少し危ないと思うけど。

「あのう、私はいつ頃までこうしてないといけないんでしょう……? 授業もあるので、あまり長い時間の拘束は、ご勘弁願いたいのですが」

 突然の殺人事件に、東尾先生はだいぶ弱っているようだった。鼠色のスーツにセンスのいいネクタイ、磨き立てらしい革靴、それにオールバックにして整えられたロマンスグレーの髪の毛と、〈紳士〉を体現したような東尾先生だが、今はその弱弱しい表情のせいで〈紳士〉というより、リストラ寸前のサラリーマンに見えた。

 それに対し、本郷さんはにべもなくいう。

「まだ、ダメだ。少なくとも、容疑者全員に対する聴取が終わってからにしないとな」

「……はあ……」

 東尾先生はため息を吐くと、ハンカチで額の汗を拭った。濃紺のハンカチは彼のイメージにぴったりだろう。アイロンもきちんとかけているらしく、不自然なしわの一つ、見られなかった。

 続いて三条さんが問いかける。

「被害者についてですが……柊沢先生は、どんな方でしたか?」

「そうですね……学科が違うので詳しいところはわかりませんが、口の悪い人でしたよ」

 僕の隣で牧野がウンウンと頷いた。そんなところで共感するんじゃない。

「彼女、研究熱心な人ではあるし、他の学科の論文もよく読んでいて……それ自体は悪いことじゃないんですが、感想がとんでもなく辛口なんです。特に、自分と研究分野が近しい私の論文に対しては、まあ、ボロクソで。嫌味ったらしく、延々と貶されるばっかりで」

「研究分野、似てらっしゃるんですか?」

「まあ。柊沢先生が地域福祉で、私が地域住民の生涯学習です。教育を通して、いかに地域に愛着を持つことができるか、地域を活性化できるか、みたいなことをやっているんですが」

「論文をけなされた、ということですか?」

「ええ、まあ、そうですね。自信作ほど貶されるので、イラッとはしますが、もう慣れましたよ」

 

 続いての事情聴取は、高池先生。僕たちが所属する情報教育学科の先生で去年、僕と牧野も授業を受けたことがある。「情報利用基礎論」。課題はやたらと多いが、冗談が好きでよく笑う、ひょうきんな先生だ。

 その高池先生も、今日ばかりは元気がなかった。殺人犯候補扱いされているのだから、当然と言えば当然だろう。

 高池先生は僕と牧野のことを覚えていたらしく、

「なにやってるんだ、お前ら? 警察になったのか?」

 まさか。

「ええと、お手伝いです」

 探偵の真似事です、なんていったら話がややこしくなるのは目に見えている。

 幸いなことに、それ以上追及されるようなことはなかった。先生自身に、質問を重ねるほどの元気が残ってなかったのかもしれない。なにせ殺人の容疑がかかっているのだから、それも当然のことだろう。

「えーと、散らかってて悪いんですけど」

 高池先生の言葉に嘘はなく、確かに彼の研究室は散らかっていた。先ほどの東尾先生とは雲泥の差だ。あちこちに本やプリント類などが散乱していて、床がほとんど見えない。牧野の部屋といい勝負である。

 高池先生の研究室は四階の、階段をあがってすぐのところにあった。

 部屋の左右には、壁の高さぴったりの本棚。本棚は既にいっぱいで、床にはそこから溢れてしまったらしい本がいくつもの山を形成している。高さは僕の腰くらい。ちょっとしたバリケードだ。何を買ったのかは知らないが、大手ネット通信販売会社のロゴ入りの段ボールが、いくつも転がっている。

 事務机の上も同様。パソコンの周りは、書類やお菓子の箱で溢れかえっている。

 片づけが苦手らしい、というのが一目でわかる散らかり具合だ。

 そのだらしなさは服装にも出ている。よれよれのシャツに、膝の部分に赤茶色の染みがついたスラックス。足元はサンダル。髪の毛はボサボサで、童顔ということもあり、パッと見は准教授というより浪人生みたいだ。

「あのー、何を話せばいいんですかね? 僕、朝の八時にここにきて、それから刑事さんがくるまでずっと寝てたんで、アリバイもないし、まともな証言もできないと思うんですけど」

「八時に来て、ずーっと寝てたんですか?」

「ずーっと、です」

 高池先生は力強く頷いた。

「昨日の晩は完徹で。一晩中、アニメのDVDを観ていたせいで、今朝は眠くて眠くて。今日は授業はなかったので、本当は大学に来る必要はなかったんですが、論文を書くために必要な資料を研究室に置きっぱなしにしていたので、しかたがなく徹夜明けのまま一睡もせずに、ここに来たんです。で、ここに到着し、ちょっと休憩と椅子に座ったら、そのまま寝ちゃって」

 なにやってるんだ、この人は。

「今日の夕方、荷物が届く予定があるんで、帰っちゃダメですかね? あの、楽しみにしていたフィギュアが……」

「ダメだ。少なくとも、全員の事情聴取が終わるまではな」

 本郷さんの取り付く島もない態度に、がっくりと肩を落とす高池先生。

「それで、被害者のことについてだが。あんたから見て、被害者はどんな人間だった?」

「どんなって……あまり関わり合いなかったからなあ、厳しそうな人、くらいにしか」

「では、被害者との間に、なにかトラブルは?」

「被害者とのトラブルって……僕と、柊沢先生の間にってことですか?」

「そうだ」

 高池先生はとんでもない、といわんばかりに首を左右に振った。頭が外れて飛んで行ってしまわないか、見ているこっちが心配になるくらいの勢いで。

「ありませんよ、そんなの。学科が違うから、関わり合いも少ないし」

「けど、被害者は他の学科の論文についても、あれこれと貶したりしていたそうじゃないか」

「そうでしたけど、僕と柊沢先生じゃ畑違いすぎて、議論になりませんでしたよ。他の先生よりは、関心も持たれなかったみたいですし」

 先生は視線を下に落とすと、小さな声で「帰りたい」と付け加えた。

 

 最後は藤見先生。ちなみに、柊沢先生は藤見先生と同じ福祉学科に所属している。

「そういえば、きみたち福祉学科じゃないのに、どうして柊沢先生の授業を受けていたの?」

 藤見先生の事情聴取の前に、三条さんはふと思い出したように訊ねてきた。

「学部内の選択必修だったんです。他の学科の授業も、選択しなくちゃいけないんですよ」

 僕の説明に、三条さんは納得したように頷いた。

 柊沢先生の授業は「教授の性格には難ありだが、レポートさえ出せば単位は固い」と先輩から教えてもらって受講を決めたのだ。そういえば、教授が亡くなった場合は、単位ってどうなるんだろう。一律〈D〉、つまり合格圏内の最低ランクの評価が全員に与えられる、という噂を聞いたことがあるけど、それだとなんだか損した気分になる。不謹慎だけど。

 閑話休題

藤見先生の研究室は、東尾先生や高池先生の研究室とはまた異なった雰囲気だった。

児童福祉が専門だという先生の部屋は、専門書や福祉に関する雑誌だけでなく、小さな子どもたちとの集合写真や、手づくりのぬいぐるみなんかが飾られている。

事務机の上には、パソコンの他に裁縫道具のセットと、クマとネコのパペット。直径二十センチほどの丸い頭が可愛らしい。どうやら、パペットを手造りしている最中だったようだ。

藤見先生は三条さんに「あのう、刑事さん」と声をかけた。

「今日、夕方から近所の児童福祉施設に行く予定なんです。ボランティアのカウンセラーとして……なので、なるべく早く、終わらせていただけますか?」

「カウンセラー? 大学の先生をしながら、カウンセラーもなさってるんですか?」

 三条さんは藤見先生の質問には答えず、感心したような声をあげた。

「カウンセラーって、どんなことするんです? ワインセラーみたいな響きですけど」

 真面目な顔で、間の抜けたことをいう三条さん。それはまったくの別物だろう。

「そうですね……場合によりますけど、子どもたちから話を聞いたり、その子どもの周辺の大人……施設の先生から、先生の視点から見た子どもの様子を聞いたりします。子どもたちと一緒に遊んで、そこから普段の様子を見るというようなこともしますね。今日は、施設の近くのアスレチックに行く予定もあったんです……アスレチックの好きな子のカウンセリングだったので……」

 だからだろう。藤見先生の服装はいかにも身軽そうで、カジュアルだった。

 半袖のポロシャツに、八分丈くらいの微妙な長さのジーンズ。足元は踝までの黒い靴下に同じ色のパンプス。

「ねえ、先生。これ、どうしたんですか?」

 それまで黙りこくっていた牧野が、ふいに声をあげた。「これ」とは、机の上のハンカチのことだった。もとは淡いブルーのハンカチだったのだろうが、ピンク色の液体でひどく汚れてしまっている。

「ああ、それ? マニキュアで汚しちゃったんです。こぼしちゃって。ほら、これ」

 そういうと藤見先生は、ジーンズのポケットからマニキュアの容器を取り出した。

 本郷さんがそれを受け取ると、中身を確認する。

「本当だ、ほとんどすっからかんだな……色も、それと同じみたいだ……あんた、もったいないことするなあ。高いだろ、これ」

「ええ……このマニキュアの色、子どもたちにも受けが良いんです。だから、塗っていこうと思ったら手を滑らせちゃって……」

「災難だったな。で、あんたは朝の八時半すぎに防犯カメラの前を通って、ここに来たはずだが、それから十時半まで何をしてた?」

「あのパペットを作っていました」

 藤見先生はそう言って机の上を指さした。

「今度、カウンセリングの時に使おうと思って」

 球状の頭のクマとネコ。その頭には、おそらく綿がいっぱい詰まっているのだろう。

ほかにも余ったらしい綿が机の上に散乱していた。小さくちぎられた綿は、まるで綿菓子のようにも見えておいしそう……そういえば、お昼、まだだった。死体を見たショックで、空腹感すらも忘れていた。

 ぱんぱんに膨らんだ頭とは対照的に、身体は綿が入っておらず平べったい。ここに手を突っ込んで操るのだろう。両手にクマとネコのパペットをはめ、子どもたちと遊ぶ藤見先生の姿が目に浮かぶ。彼女は大学の准教授より、幼稚園の教諭のほうが似合っている気がする。

「あんたと被害者は同じ学科だったらしいけど、被害者はどんな人だった?」

「……柊沢先生は、なんというんでしょう、地域福祉に対する熱意の凄い人で。それも、法関係に特に関心を持たれているようでした。学会なんかにも、積極的に参加されていて。研究熱心な方でした」

「ずいぶん、口の悪い人だったらしいが、そこのところはどうだ?」

「そうですね。確かに、厳しい方でした。私も色々とご指導いただきましたし。けど、それも研究熱心だったからのことだと思います。そりゃあ、言い方や言葉の使い方に問題があった部分もありましたけど……」

 最後の方は消え入るような声だった。故人を悪くいうのはしのびないと思ったのだろうか。彼女は小さく息を吐くと、それきり押し黙ってしまった。

 

 三人の先生には、再び四階の待機室―柊沢先生の研究室の隣室―に戻ってもらう。そして僕たちは廊下の外へ。

「どう? 誰が犯人か、わかった?」

 三条さんに問われ、僕と牧野は同時に頷いていた。

「あぶそるうとりい」

 牧野の言葉に首を傾げる三条さんと本郷さん。発音が悪すぎる。第二外国語にロシア語をとったやつが、無理にドイツ語を話すんじゃない。

「じゃあ、聞かせてもらおうかな、探偵さんの推理」

 三条さんの口調は、探偵に謎の解明を乞う警察、というより生徒の解答を採点する教師のようだった。きっと、彼も事件の真相はとっくに見抜いているのだろう。

 三条さんは相変わらず飄々とした笑みを浮かべている。それを見ているうちに、僕の中の「負けず嫌い」な部分が顔を出してきた。

 いいだろう。僕も素人探偵として推理してやろうじゃないか。やられっぱなしでいるもんか。解いてやろう、この事件と謎の真相を。

 

  4

 本郷さんたちが、柊沢先生殺害の犯人を連れて去って行ったあと。

 僕たちは大学の近所にある喫茶店でオムライスを頬張っていた。僕たち、とは、僕と牧野と、それから三条さんの三人である。彼も昼食をまだ食べていないというので、僕が誘ったのだ。

 昼食の時間をだいぶ過ぎているからか、店内には僕たちのほかに客の姿はなかった。

 三条さんはオムライスがお気に召したらしく上機嫌で、

「やっぱり、探偵さんに頼って良かったよ。おかげで、こんなに美味しいオムライスが食べられるんだもん」

 探偵と〈食べログ〉を混同している。

「それに、事件も無事解決したし。お見事な推理だったよ。さすが名探偵」

 三条さんは大袈裟な物言いで褒めてくれるけど、僕たちが真相に行きついた時点で彼も恐らく、誰が犯人かわかっていたはずだ。

 犯人は、藤見尚子先生だった。

 その根拠となったのは、柊沢先生の研究室に残されていたコーヒーだ。より、厳密にいうならば、カーペットに残されたコーヒーの染み。

 柊沢先生の履いていた靴は、コーヒーでひどく汚れていた。その傍には、ほとんど空になったコーヒーポット。そこから僕は「先生は何かの拍子にコーヒーポットを倒してしまった。その時にこぼれたコーヒーのせいで、靴が汚れたのだろう」と考えた。

 だけど、それだと少々変なのだ。

 先生はパンツタイプのレディーススーツを着用していた。当然、踝まである長ズボンだ。

 テーブルの上にあったポットが倒れて、中身が足元にかかったのなら、ズボンの裾も汚れているべきではないのか。しかし、先生のスーツは綺麗なものだった。黒ならともかく、ベージュだったから、コーヒーの染みがあったらすぐに気づく。

しかも、女性もののパンツスーツは、ヒールのある靴を履くことを考慮して裾がやや長く作られている。ヒールのない靴を履けば、そのぶんズボンの丈が余り靴を覆い隠すことになるだろう。そうなるとますます、ズボンが汚れていないのは不可解だ。

 では、なぜ先生のスーツは汚れていなかったのか。たまたま裾をまくりあげていた、という可能性も考えられなくはない。けど、研究室でそんなことをする理由はないし、スーツにはまくり上げたあとのような皺もなかった。

 次に考えられるのは、彼女が履いていた靴が、実は柊沢先生のものではなかった、というケース。

 そもそも、コーヒーポットを倒し、靴を汚したのは柊沢先生ではなく犯人だった。コーヒーで自分の靴を汚してしまった犯人は、自分の靴と柊沢先生の靴を交換した。

 なぜ、交換したのか? もちろん、コーヒーの染みがあると不都合だったからだ。では、なぜ、コーヒーの染みがあると不都合だったか。例えば、東尾先生のように自室でコーヒーを飲んでいる人は困らない。「この染みは、自室でコーヒーを飲んでいる時に、うっかり零してしまったものです」と言えばいいのだから。

 困るのは、高池先生や藤見先生のように、自分の研究室にコーヒーがない人。その染みは、どこで作ったのか、という話になる。外へコーヒーを買いに出て偽装工作する手もあるかもしれないが、唯一の出入り口には監視カメラ。外に出ようとすれば、その姿が記録されてしまう。あまり不審な動きをすることもできず、犯人は警察が来るまでの間、館内に留まっているほか、なかっただろう。

 犯人は柊沢先生を殺害する前、もしくは後にコーヒーで自分の靴を汚してしまった。そのままでは、自分が犯人だとばれてしまう恐れがある。そこで、自分の汚れた靴と、柊沢先生の履いている綺麗な靴を交換した。

 それが出来るのは、誰か。単純に考えれば、同じ女性であり靴のサイズが近いであろう、藤見先生しかいないではないか。

 それに、柊沢先生はスーツを着ていた。スーツに普通、運動靴はあわせない。それと同様に、これからアスレチックに行こうとする人間が、パンプスを履くというのも、やや不自然だ。

 スーツにパンプス。運動靴でアスレチック。これなら、しっくりくる。

 しかも、藤見先生が履いていたのは八分丈くらいのジーンズだった。

 丈が短かったから汚れなかったのかとも思ったが、そこは予想とは少々異なる真相が待っていた。

 どうやら、先生は当初、踝まで丈のあるジーンズを穿いていたらしい。そして、コーヒーポットを倒した際、靴と共にジーンズの裾も汚してしまった。そこで、彼女はその汚れた部分を裁ちばさみで切り取ると、パペットの頭にそれを隠したのんだ。机の上に綿が散乱していたのは、切り取った布を隠すため、そのぶん邪魔な綿を取り出したからだった。だから、ジーンズの丈がどっちつかずの微妙な長さになってしまっていたというわけである。

 靴が交換されていた。そこに気づけば、なんてことのない、簡単な話だった。

 藤見先生は、もともと自分が犯人だと名乗り出るかどうか、迷っていたらしい。靴を交換したんだろう、と本郷さんから指摘されると素直にそれを認めた。

 今日の九時過ぎ、藤見先生は柊沢先生の部屋を訪れた。昨日、発刊された雑誌に掲載された柊沢先生の藤見先生の論文に対する論評に、納得のいかない部分があったかららしい。

 そこで、自分の行っているカウンセリングについて「そんなことをして何か利益があるのか」というようなことを嫌味たらしくいわれ、逆上。気づいたら、殺してしまっていた―というのが、彼女の証言だった。コーヒーポットは、被害者を殴った後、よろけた際に倒してしまったらしい。

 ついでに、これは事件の証拠としては使えないだろうとのことだったけど、先生は自分の使ったコーヒーカップをハンカチで拭いた、と証言していた。底にちょっとだけ残っていたコーヒーをハンカチでぬぐい取ったところ、思った以上に目立つ染みが出来てしまったため、マニキュアを上からこぼしてごまかそうとした、とのことだった。

「ねえ、三条さん、牧野」

 オムライスも食べ終わり、一息ついたところで僕は話を切り出した。

 二人の視線が、僕に集まる。その表情が僕にはなんだか可笑しかった。彼らはきっと、僕がこれから何を話そうとしているのか、さっぱり見当もついていないのだろう。

 これから推理を始めようっていう探偵って、ひょっとしてこんな気持ちなんだろうか。

「探偵、なんて呼ばれたの、僕、今日が生まれて初めてなんですよね」

 その言葉に、二人は揃って頷いた。

「探偵ついでに、もう一つ、推理を披露してみようと思うんですけど、どうです? 聞きたくありません?」

「推理? 聞きたい!」と三条さん。

「推理って、なんの推理だよ?」と牧野。

「そうだな……強いていえば、ホワイダニット、かな」

 厳密にいうと、それにも当てはまらないのかもしれない。ミステリの分類というのは、ややこしくて難しい。

「ではまず、結論から。三条さんと牧野は共犯者だった。違いますか?」

「共犯? 何いってるんだ。今回の事件の真犯人が、俺と三条さんだったっていうのか」

「そうじゃない。その事件の真相は、どうだっていいんだ。三条さんと牧野は、共犯者だった。共謀して、僕と牧野が捜査に加われるよう一芝居うった。違いますか?」

 三条さんと牧野は顔を見合わせた。

「突然、すごいことをいい出すね。どうして、そう思うの?」

「まず、そもそも、警察関係者が一般人を事件の捜査に協力させようっていうのがおかしいんですよ、やっぱり」

 しかも、僕たちは第一発見者だ。幸い、すぐに容疑者から外されたけど、もっと疑われてもおかしくはない。

「僕がミステリ研究会という推理小説のエキスパートを信頼していた、というのは? 割と、個人の考えとか感性の違いもあるとは思うけどね」

「いいでしょう。つまりは、三条さんは〈ミステリ研究会=推理小説を読む会〉だと理解していた、ということですね?」

「そうだね」

「よくご存知でしたね。本郷さんは、ミステリのことをUFOとか、そういうオカルトチックなものと勘違いされていました。ある意味では、そちらの方が正しいんです。UFOの着地点を〈ミステリーサークル〉なんて呼んだりしますし、オカルトな意味で〈ミステリー〉という単語を使うことも多い。三条さんがお若い頃は〈推理小説研究会〉という呼称の方が、まだメジャーだったんじゃないんですか? 未だに〈推理小説研究会〉という名前のサークルも残っているというのに、よく〈ミステリ研究会〉と聞いて咄嗟に〈推理小説〉の方が出てきましたね」

「前に見たんだよ、他の大学で、〈ミステリ研究会〉を。そこで知ったんだ」

「なるほど」

 一応、理由としては成り立つ。それに、「ミステリ研究会」と聞いて絶対にオカルトを思い浮かべるわけでもない。そういう人が多い、というだけの話だ。

「では、次の質問。あなたは、どうして、僕が白藤椿だとわかったんですか? 僕は一度も、自己紹介なんてしていませんよ」

「え? 僕が到着したときに本郷君が教えてくれたんだよ。きみも、そのときいたでしょ?」

「ええ、いました。本郷さんは確かに、僕と牧野の名前を口にした。けど、それは本当にただ、名前を口にしただけなんです。僕と牧野に背を向けて。いいですか、それだと〈白藤椿〉と〈牧野剣〉という名前はわかっても、二人の男子大学生のうち、どちらが〈白藤椿〉でどちらが〈牧野剣〉か、まではわからないんですよ」

「そんな状況だったかな……」

 牧野は黙って三条さんを見ている。今の彼にぴったりなオノマトペは『ハラハラ、ドキドキ』だろう。

「ええ。なのに、あなたは僕を見て『椿君』と言いました。椿君の髪形は、八十年代のフォークソングシンガーを意識しているのか、とね。髪の毛の長い方が〈白藤椿〉だと、あらかじめ知っていたかのようだった」

「……運命を感じたんじゃないかな、僕は」

 何をいい出すのだ、この男は。

「いいえ、違いますよ。そんな迷信めいたものじゃない。あなたは、あらかじめ知っていたんです。僕が〈白藤椿〉である、とね」

「でも、僕ときみは今日初めて会ったじゃないか。まさか、警察のデータベースであらかじめ、きみのことについて調べて来たんだろう、なんていわないだろうね」

「もちろん。言い方を変えましょうか。あなたは、確かに僕のことは知らなかったかもしれない。けど、僕が〈牧野剣〉ではないことは知っていたんです。あなたは、牧野のことは知っていた。あなたと牧野は知り合いだった」

「突拍子もない話だね。そうだ、僕は考えなしに、名前の雰囲気だけできみを白藤椿君だと思ったんだ。その、可愛らしい名前だからね。それに似合った雰囲気の子が椿君なんだろうと、無意識に思っちゃったんだよ。うん、そうだ、それだ。警察にあるまじきことだね。反省しよう」

「ふうん」

 僕は質問の矛先を、牧野に変えてみることにした。

「おい、牧野。三条さんとは、知り合いじゃないのか?」

「知り合いじゃないよ、うん」

 口ではそう言いつつも、視線を合わせようとしない。嘘をついている小学生みたいだ。

「本当かよ? お前なら、知り合いになろうと思えば、簡単になれるんじゃないの?」

「ばかだな、なれるわけないだろ、相手は捜査一課課長だぜ。俺はただの大学生……」

「はい、アウト!」

 やっぱり引っかかった。いや、ここまできれいに引っかかってくれるとは思っていなかったけど、語るに落ちる、だ。牧野のバカチン、ここに極まり。

 今の受け答えのどこが悪かったのかわからなかったのだろう、牧野は「え? え?」と不思議そうに、僕と三条さんの顔を見比べた。

 僕にかわって三条さんが小声でいう。

「僕、白藤君に自分の役職、言ってない……たぶん」

「聞いた記憶がありませんね」

「なんとなく、そう思っただけだよ……」

 そう反論する牧野の声は、消え入りそうな弱弱しいものだった。

「まだありますよ」

 僕はぴんと人差し指をたててみせた。ややげんなりした二人の表情。うん、小説の中の探偵になったみたいで、なかなか面白い。

「三条さん。藤見先生から話を聞く前に、僕たちに訊きましたよね。『福祉学科の学生じゃないのに、どうして柊沢先生の授業を受けているの』……名前と同様、僕たちはまだ所属学部や学科を言っていませんでした。あなただけでなく、本郷さんにもね。学生証も見せていません。なのに、どうして福祉学科ではないとわかったんでしょう?」

「……パフェでも食べよっかな」

「俺も俺も」

 話を逸らすんじゃないと思いつつ、僕もパフェを注文。頭を使うと甘いものが欲しくなる。

「なんで、知っていたか、だっけ」

「はい」

「牧野君に教えてもらったんだ」

 三条さんは別段、悪びれる様子もなく、あっけらかんといってのけた。それまでの出し渋りが嘘のようだ。

「僕と牧野君、同じカルチャーセンターの友達なんだよね」

「三条さん、言っちゃうの?」

「だって、もうバレバレだよ。仕方がないよ」

「ちえー。バレない方が、ソレっぽくて良かったのに」

 牧野はまだ、もったいぶっていたいらしい。

「やっぱり知り合いだったんですね」

 したり顔で頷きつつも、僕は内心、ちょっとばかり動揺していた。牧野のいっていた〈友だち〉とはこの人だったのか。なんとなく同世代の人間を想像してしまっていた。僕、三周りも年上の人に嫉妬していたンだ……いやいや、そもそも嫉妬なんてしていない。絶対に。

 三条さんは僕の気など知らず、うふ、と嬉しそうに笑って、

「うん。『世界の奇妙な建築物を学ぼう』っていう講座が月に一回あるんだよ、駅前のカルチャーセンターで。そこで知り合ったんだよ」

「へえ」

 なんだ、そのへんてこりんな講座名は。受講生、集まるのかしら。牧野はそんなものを受けて、いったいどうやってミステリに活かすつもりだったんだろう……。

「それで意気投合したんだよねえ」

「うん。俺さ、建物にいっぱい仕掛けのあるミステリが書きたいなあって思って、カルチャーセンターの講座に通うことにしたんだけど、三条さんもそうだったんだよね?」

「同じ考えの人がいるなんて思わなかったからね。びっくりしちゃった」

 ミステリのネタにするために、建築物に関する講座をとる人はなかなかいないだろう。

「意気投合して、それで?」

「一緒に遊ぶようになってね、それで話してたんだよね。『探偵が事件を解決したら面白いのにね』って。『自分が私立探偵だったら』って話で、すごく盛り上がったもんね」

「そうそう。それで、今回の事件だろ? 先生には悪いけど、ラッキーって思って……三条さんにメールしたってわけ。『偶然いあわせた探偵が事件を解決する』っていうの、面白そうだと思って」

 僕は通報した直後のことを思い出す。牧野のやつ、熱心にスマホをいじっていると思ったら、三条さんと連絡を取り合っていたのか。

「それにしたって、わざわざお前と三条さんが知り合いであることを隠す必要はなかっただろ?」

「顔見知りより、初対面の方が小説の『探偵にとっての初めての事件』ぽくていいかなって」

「初めてって、お前はまだ、事件に巻き込まれるつもりなのか」

「えへへ」

 そこへパフェが運ばれてきた。ポッキーやプリン、バニラアイスがてんこもりに盛られている。カップの底のほうには、コーンフレークが詰まっているのが見えた。

「面白かったでしょ、探偵ごっこ」

 三条さんの警察官とは思えぬセリフ。こんな人が捜査一課の課長だなんて、日本警察の将来が不安になってくる。

「もうやりたくはありませんけどね」

 そう言って僕は、牧野のパフェに乗っているバニラアイスを一口。

「あーっ、あーっ!」

 バニラアイス好きの牧野が、言葉にならない悲鳴をあげた。

「レポート提出について行ってやったんだから、対価は支払ってもらわないと。迷惑料!」

「だからって、食べるなよお。あー……」

「プリンももらっていくぞ」

 残りのバニラアイスとプリンを、自分のパフェの上に移す。もともとてんこ盛りなので、乗せるのが難しい……ジェンガみたいだ。それを見て牧野はガックリと肩を落とす。

「……無慈悲だ……」

 その隣で三条さんは、もくもくと自分のパフェを頬張っている。僕たちのパフェとほぼ同じタイミングで運ばれて来たはずなのに、彼のはもう半分くらいに減っていた。

「なーにが、無慈悲だ。レポート提出は遅れるわ、事件に首を突っ込んで面白がるわ、俺に嘘は吐くわ……このバカチンめ」

「俺は、バカチンじゃないよお……」

 半ベソをかきながら、パフェの残された部分を食べ始める牧野。自業自得じゃないかと思いつつ、なんだか気の毒になってきて僕はつい、自分の手つかずのバニラアイスを彼のパフェの上に乗せてしまった。

「ありがとう!」

 牧野はバニラアイスを一口で食べきってしまった。満足気な顔。今泣いた烏がもう笑う、だ。それを見てホッとしてしまう僕も、ひょっとするとバカチンなのかもしれない。

「こんなに美味しいパフェが食べられるのなら、またきみたちに探偵して欲しいなあ」

 三条さんは三条さんで、空っぽになったパフェの容器を名残惜しそうに眺めている。僕はパフェを食べるために探偵なんてしたくはないけど。この人もこの人でズレているというか、バカチンというか。

「俺、本当に探偵になりたいなあ。不可解な暗号とか、どこかにないかなあ」

「僕も、僕も。暗号とか、解きたいねえ、名探偵になって」

 まだいっている。

 二人を見ていると、〈探偵〉という単語に〈バカチン〉と振り仮名をふりたくなってしまう。

 まったく、二人揃ってバカチンだ。ついていけない。

 けど、嫌いにもなれない。むしろ、一緒にいたいと思うのはなぜだろう。

 やっぱり、なんだかんだいっても、牧野のことが好きだからだろうか。これで良いところもいっぱいあるやつだ。

 まだ知り合ったばかりだけど、三条さんのこともきっと、好きになれる気がする。

 彼らのことはこれから、探偵(バカチン)たち、とでも呼んでやろうか。〈探偵〉と書いて〈バカチン〉と読む。うん、この二人にぴったりじゃないか。

「なあ、白藤も探偵になりたいよな?」

「え?」

 牧野の言葉に、僕は少し考えた。

 殺人はもうごめんだけど。

日常の謎〉くらいなら、一緒に解いてもいいかな。

 この愛すべき探偵(バカチン)たち、と。