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原稿ポイ(温室の姫君)

雑記 創作の思い出

これまた過去の原稿。某団体の会誌に載せていただいたもの。怪談、のつもり。

 

温室の姫君

 

 あら、そのお話、もうご存じなの。どなたから聞かれたの? ああ、サクライさん。あの方、怪談好きだものねえ。……そうだわ、休憩がてら、その怪談について、お話しましょうか。わたし、サクライさんより、それについて詳しい自信があるわ。ホントよ。

 ……え? あら、やだ。お礼なんていいのよ。どうせ暇なんだから、お引越しのお手伝いくらい、いくらでもできるわ。お隣さんなんだし、遠慮なんて必要ないわよ。のんびりやりましょ。今、お茶を淹れるわね、さ、お座りになって。

この町のはずれに、洋館が建っているのは、あなたもご存じでしょう? そう。あの赤いレンガの。ええ、そう。裏は空き地になってるわね……塀も壊れちゃったんだもの……あそこ、前は大きな温室があったのよ。三年前に火事があったことはご存じ? ……そう。まあ、引っ越されてきたばかりだものね。

わたし、三年前はまだ大学生だったの。……そうそう。大学のときからずっと、このアパートの部屋に住んでいるのよ。……あなたは今、学生さん? あら、今年入学して、ああ、下宿を見つけるのに手間取っちゃったのね。へえ、一人暮らし、何かわからないことがあったら、いつでも聞いて頂戴ね。

えっと、で……あ、そうそう。三年前、わたし、大学の三回生だったんだけど、ちょっとたるんでたのね。授業さぼることなんてしょっちゅう。まだ、あと一回くらい休んだって、単位には影響ないわ、なんて考えてね。授業に興味が持てなかったの。それで学校行かずに部屋でごろごろしたり、気の向くままに近所を散歩したりしていたわ。

当時のわたしのお気に入りの散歩スポットが、あの洋館だったのよ。あそこを外から眺めるのが、とても楽しかったの。周りに家がなくて、ぽつんと建ってるでしょう、あの洋館。なんていうのかしら、現実から隔離されたファンタジィって感じがしてね、見ていてうきうきしたわ。

あれは、ゴールデンウィークが明けてすぐのころだったかしら。そう、そうね、確か。わたし、相も変わらず授業をさぼって、洋館を見に行っていたの。それでね、普段は正面から眺めるだけで満足していたんだけど、その時、ふと、いたずら心っていうのかしら、冒険心っていうのかしら、それが働いてね。ちょっと、中に入ってみようと思ったの。ネームプレートが出ていなかったから、誰も住んでいないものと思っていたのもあってね……そうよ、住んでいたの、人。

まあ、洋館をもっとしっかり見てみたいっていう欲もあったんだと思うわ。塀で囲まれていて、見えないんだもの。門はいつでも開いていたから、庭には簡単に入ることができたわ。

それで、裏にまわって見て、びっくりしちゃったの。古ぼけた洋館には似つかわしくないほど、立派な温室があったんですもの。透明のドーム型の洋館。まるで西洋のおとぎ話の世界みたいに、いろいろな植物があったのよ。外から見ただけでも、どきどきしちゃったわ。

しばらく、ぼうっと見とれていたらね、温室の中から、人が出てきたの。そのときのこと、今でもよく覚えているわ……ついさっき見たことのように、すぐに思い浮かべることができるの。人の記憶を写真に焼けたらいいのにね……そしたらわたし、あの時見た光景をそっくりそのまま、写真に残しておけるのに。

中から出てきたのは、女の人だったわ。当時のわたしと変わらないくらいの齢に見えた。あのね、びっくりするくらいの美人だったのよ。墨汁で何度もぬりたくったような綺麗な黒髪を胸のあたりまで伸ばして、白いワンピースを身にまとって。胸には黒色のブローチをつけていたの。肌も白くて、眼は黒目がちで……黒真珠みたいな目だなって、思ったわ。唇も口紅みたいなわざとらしい色じゃなくて、とても自然な赤だったし……とても華奢で、本当にお人形みたいだったの。

その人はわたしを見て、

「どちらさま?」

 って言ったわ。勝手に庭に入ったことを咎めるような口調じゃなくて、ただ、純粋にわたしが誰だか知りたがっているみたいだった。それに、声も鈴を転がしたみたいに可愛い声だったものだからわたし、ぼうっとしちゃって、謝ることも忘れて素直に自分の名前を彼女に告げてしまったの。

 家の主だとしたら、敷地の中に勝手に入った事、怒られるかしら、警察を呼ばれてしまったらどうしよう、なんてドキドキしていたんだけど、そんなことはなかった。まったく、なかった。

 咎めるどころか彼女、

「お客様なんて久しぶりだわ。ねえ、お茶でも飲んでいかない? 今、ちょうど、淹れようと思っていたところなの」

 なんて言うのよ。そう言う笑顔がまた、とても嬉しそうでわたし、つい、

「じゃあ、お邪魔します」

 って言ってしまったの。我ながら図々しいと思うわよ……ふふ……ああ、そうだ。その紅茶の味、どう? それね、彼女から教えてもらったのよ、淹れ方。美味しい? ……よかった。

 彼女の淹れてくれた紅茶も、すごく美味しかった。紅茶ってこんなにおいしい物なんだって、びっくりするくらいに、ね。

 温室のちょうど中央に、丸いテーブルと椅子があって、そこでお茶を飲んだの。温室の中はとても居心地がよかったわ。それでわたし、

「ここにいると時間が止まっているというか……ゆったり流れているように感じられますね」

 って言ったらね、それまで彼女、とても楽しそうだったのに、ふっと暗い表情になって、「そう……」って。

 なんだか気まずかったから、あわてて話題を変えたのを覚えてる。彼女の方も、話題を変えたらすぐ、また笑顔に戻ってくれたし、またあの空気になるのは嫌だったからそれ以上、時間がゆったりと感じられる、なんてことは言わなかったけど、その時はどうして彼女が暗い表情になったのか、不思議だったわ。……ええ、理由はあるのよ。半分、推測だけど。まあ、もうちょっとあとで話すわね。

 それから、わたし、毎日のように温室に通うようになったの。彼女もいつでも来てくれていいって言ってくれたし。

 彼女とお喋りをするのが、とても楽しかった。紅茶のことや温室の植物のこと、甘いお菓子のことなんかをよく話していたわ。

 彼女、植物が大好きだった。ひとりで温室の植物の面倒を全部見ていたの。ね、わかるでしょう、あの洋館の裏の空き地の広さ。あの広さよ。ね、すごいでしょう。ね。

 ひとりで毎日、大変じゃない? ってきいたら、そんなことはないって。

 ただ、さびしいって。

 どれだけ丁寧にお世話しても、どれだけきれいな花を咲かせても、最後には必ず枯れて姿を消してしまうのがさびしいって。まるで置いてきぼりを食らってるみたいだって、彼女は言っていたわ。

 彼女、植物にはとても詳しかったし、優しかった。なるべく化学肥料は使いたくないって、常日頃、言ってたの。わたし、肥料だとかなんだとか、ちっともわからなかったし、植物についてもさっぱりだった。たまに、これなら学校の授業のほうがよっぽど簡単って思うこともあったくらいよ。

 それでもわたしは、彼女の話を聞くのが好きだった。

優しく光を反射し続ける目だとか。

どんな楽器も出すことができない最高に愛らしい声とか。

話に合わせて時折動く、細くて白い指とか。

彼女の持つ全部が好きで、いつまでも見ていたかったの。

こういうの恋っていうのかしらね。愛とか恋とかの恋よ。恋愛のレンのほう。……安易にそういう言葉に頼るのはよくないわね。愛だの恋だのなんていまどき、そこらじゅうに転がってるんだから。そうじゃない?

とにかく、わたし、彼女に会うために温室に通ったわ。幸せだった。

あるとき、彼女、ふっと思い出したみたいにわたしに言ったの。

「わたし、おばあちゃんなのよ」

 わたし、変な冗談だなって思ったわ。何の脈絡もなかったし、冗談にしては声の調子が暗かったから。それで思わず、わたし、

「どういうこと?」

 って聞き返したの。

 目の前にあったのは、さびしそうな悲しそうな、でも穏やかな不思議な表情だった。

「わたし、今年で百歳になるの」

 ね、立派なおばあちゃんでしょう? って彼女は言ったわ。でも、わたし、素直にええそうね、なんて言えなかった。だってそうじゃない? 目の前にいるのは、どう見たって自分と齢の変わらない女の子なのよ。百歳なんて、途方もない数字に聞こえたし、とても不釣り合いなものに聞こえた。

 信じてもらえないでしょうねって、小さな声が聞こえた気がした。実際、そう言ったんだと思うわ。だって彼女、それに続けて、今度ははっきりした声で、

「わたし、齢をとらないの。不老みたいなの」

 いつまでも、わたしの中の時計は止まったままみたいなの、だって。

 ねえさっき、彼女に時間が止まってるみたいって言ったら暗い顔されたって言ったでしょう? 当然よね。ごく普通の時間の流れを感じているほうからすれば、一時でも時間が止まったように感じればそれはゆっくりできて幸せかもしれないけど、彼女は時間の流れを感じていないんだもの。いつまでも時間が止まってるって……どういうことなんでしょうね……少なくとも、お気楽に受け止められることじゃないんだと思うわ。彼女の様子を見る限りは、そうだった。

「わたしも植物たちみたいに、枯れて朽ち果てたいな」

 って、言ってた。朽ち果てたいだなんて、ね。普通、言わないでしょ。そもそも、朽ち果てるなんて普段、使わないわよね。

 わたし、なんてこたえていいかわからなくて、いつかかなうといいねって……そんな無責任なこと、言っちゃった。もっといい言葉を思いつけたらよかったんだけど。だめね。言葉って大切な時には、行方不明になっちゃうんだわ。

 そのあとはまた、他愛のない雑談ばかりしていたから、彼女の言っていることが本当かどうかはうやむやになっちゃった。

 でも、その日ね、温室の中で不思議なものを見たの。なんだと思う? 化学肥料よ。彼女、化学肥料、使わないっていってたけど、その日、温室にいってみると入口のところに大きな袋に入った肥料が置いてあったの。化学肥料は使わないって言ってたのに変だなとは思ったけど、特に聞かなかった。考え方が変わったのかもしれないし、あまりごちゃごちゃ聞くのも失礼だと思って。

 それからね、一週間後よ。ちょうど、一週間後の夜。

 部屋でレポートを書いてたら、遠くでドン! って大太鼓を叩いたみたいな音がしたの。なにかあったのかなあって思ってたら、しばらくして消防車のサイレンの音がして……気になったから、次の日の朝に、学校の図書館で新聞を読んで、そこではじめて知ったの。

 あの温室……わたしがいつも通っていた温室で、爆発が起こったって。

 わたし、知らなかったんだけど、肥料で爆弾って作れるのね。彼女、爆弾を作ったんだわ、枯れるために。朽ち果てるために。

 その記事を読んで、温室は跡形もなく消えたっていう記事を見て、わたし、彼女はとうとう、枯れちゃったんだなって思ったのよ。

ほかの植物や花と同じように、枯れて朽ち果てて、土に戻ったんだって、そのときは思ったわ。

でも、残酷よね。止まった時間は、簡単には動かせないものね。

 一度、時間が止まってしまったら、永久に終わりはこないのね。ずっと止まってるだけ。彼女はきっと、わたしの見えないところで、ずっと止まり続けているんだわ……大切な温室も失ってしまって……それでも彼女はきっと、永遠に止まり続けているんだわ……。

 もう、わかるでしょう……あの怪談は彼女のことなのよ……。

 

―町のはずれの洋館には毎晩、血まみれの女の子が現れて大きな声で泣き続けているんだって……―

 

 これ、先輩と同回生の子に感想をもらったんだけど「爆発するとは思わなかった」ってびっくりされた。

私は、これはもう爆発しかないでしょう!と当時は思っていたので、逆に「ふつうは爆発させないの!?」とびっくりした記憶。

……最近、家族以外の人間と話していない。バイト先で話すけど、そんなんじゃなくて。

私、本当は友だちなんてひとりもいないんじゃないかしら。

 

朝は一番、憂鬱。目が覚めたのは7時なんだけど、そこから2時間近く、不安と焦燥感で苦しんだり、ときどき意識を失ったり(二度寝かよ)、意味もなく呪いの言葉みたいなのを呟いたりしていた。はたからみると、やばいやつ。

 

努力してきたと思っていたのに、おみくじにはより一層努力しろとしかいわれないし、いいことあるって書いてあるけど、いいことなんてないし、なんだろう。まったく見当違いのところをうろうろして、いつまでもゴールできないでいる。助けてほしいとも思うけど、私なんかを助けるよりは神様だってもっと価値のある人間を助けようとすると思う。

とどのつまり、死んじゃえ、私なんて。

でも、自殺を決行できるわけでもなし。

意気地なしで運もなしってわけかなあ。

今は友達が欲しいという気持ち。でも私は私とともだちにはなりたくない。めんどくさいもん。