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〈ポイ〉小説その2

創作の思い出

連投。

パソコンの中を片づけたいもので。

これもまた、書きかけ……うーん、このあと、どうするつもりだったんだろう。

こうやって昔の原稿見ていると、こんなのでよく「小説家になりたい」なんていっていたものだとびっくりする。

2017年は公務員試験、頑張らないと。

「夢はみるものじゃなくて、かなえるもの」なんて言葉があるけれど、それは結局、才能と運に愛された人の台詞だと思う。

私にとって、夢はみるもの。良い夢をみれた、と若気の至りだった、と、満足しよう、もうそろそろ。

でも、最後に。

小説家が「小説家になる奴は、現実に折り合いをつけられなかったばかしかいない」というふうに自虐をするのは、好きじゃない。

あなたは、私が立てなかったステージに立っているのだから、もっと堂々と生きて欲しい。

 

 

天使が飛び立つとき

 

 砂埃が身体に降り積もる。

 それらを払い落とすだけの力は、もう僕には残っていなかった。

 つい先ほどまで建物内中に溢れていたはずの、爆音、悲鳴、銃声……今はもう聞こえない。シンと静寂に包まれている。

 すべて、終わったのだろうか?

 感じられるのは、砂埃の感触。鉄――血の臭い。身体中を駆け巡る言いようのない痛み。冷たい床。手を少し動かすと、指先に柔らかな感触。目玉を動かし、見てみると、それは白い羽だった。――あぁ。

 僕は、ここで死ぬのだろうか。僕もこのまま意識を失って、この建物のそこここに転がっているであろう死体の仲間となるのだろうか。僕は、彼らの仲間から抜けたかったのに――結局、最後までお仲間だった。ついに、死ぬまで、いいや、死んでからも一緒の運命だった、というわけだ。

 僕、こんなふうに、汚らしく死体になるために生まれてきたんだろうか。

 考えているうちに、考えるのが嫌になってきた。

――もう、どうだって、いいや……――

 死体になることを受け容れて、目を瞑ろうとしたとき。

 僕は、誰かに話しかけられた。

 そして、僕は、天使に出会った――

 

***

 

 いつもより遅い夕食を食べているときのことだった。

 それまで黙って蕎麦をすすっていたソワレが、ふと思い出したように訊ねてきた。

「博士、見なかった?」

 彼のいう〈博士〉が誰のことを指しているのか、即座にはわからず(だって、警察庁内には科学捜査研究所だけでも何十人もの〈博士〉が在籍しているのだ)、答えるまでにタイムラグが生じてしまった。

「博士って、どの?」

「特別科学研究開発室の。ジュルネ博士」

 はむ、と三角のおあげにかぶりつくソワレ。僕の頭に、一人の男の顔が思い浮かぶ。小さな体、に小さな頭。その中で、目玉ばかりは大きくギョロギョロといつも忙しなく動いている。今年で六十五歳になるというジュルネ博士は、警察庁一の偏屈者であると同時に、ハンヤ帝国一の研究者でもあった。九年前からは、特別科学研究開発室の室長であり、そこの唯一の所属員でもある。

「見てないけど」と僕。最後に見たのがいつだったかすら、曖昧だ。ジュルネ博士は〈一部例外〉を除いて、人間嫌いでなるべく他人と関わろうとしない人だから、しばらく見かけなくても違和感は特にないのである。

「僕ももう五日、見てない」

 ジュルネ博士にとって〈一部例外〉のソワレが首を傾げる。なぜかジュルネ博士は、ソワレのことはお気に召したようで、彼が入庁したときから何かと気にかけている様子だった。

 ぐるりと食堂を見渡してみる。午後九時を過ぎても、食堂はそこそこ賑わっていた。残業あがりの、あるいは残業中の警察庁の職員たちが疲れた顔で食事している。

 僕ことマチネと、同僚のソワレも残業を終えての夕食だった。僕たちは警察庁の中の捜査一課で働いている。正式名称はハンヤ帝国警備警察庁刑事部捜査一課。ちなみに、我が警察庁は帝国内唯一の警察組織である。それだけに規模も多い。入庁して一年あまりたつが、未だに捜査一課の面々を覚えきれていない。

「珍しいな」

 ソワレの言葉に、思わずそんな相槌を打つ。ジュルネ博士は特に食事時にはソワレにべったりで、やれ野菜を食えだの、好き嫌いするなだの口うるさく注意しているのに。一、二日、研究に没頭して開発室に籠るようなこともあっても、五日間もソワレの前に姿を現さないというのは少し妙だ。

「風邪で寝込んでる、とか?」

「わからない。ここ最近、開発室の方には行ってないから」

 特別科学研究開発室は、南棟の地下にある。三十年前に建設された南棟は、今では老朽化を理由に使用されなくなっていた。今でも使われているフロアは、特別科学研究開発室のある地下のみだ。つまり、普段、出入りしているのはジュルネ博士ただ一人、ということになる。そのためか、最近ではジュルネ博士は開発室を居住スペースとしても利用しているらしかった。

 対して、僕たちの職場があるのは北棟。南棟からは最も離れているうえ、ここ数日、僕たちは事件の報告書の作成に追われていた。ソワレが開発室に足を運ぶ暇がなかったのも、頷ける話である。

「じゃ、このあと行ってみるか?」

 僕の提案にソワレは「うん」と頷いた。

 

***

 

 北棟を出る。外は薄暗かった。ハンヤ帝国は四六時中、どこに行っても薄暗い。街灯は常にオレンジ色の明かりを灯している。

 上を見上げても灰色が広がるばかりで、〈太陽〉も〈月〉も〈星〉もそこには存在しない。見えないんじゃない。本当に存在しないのだ。

 どうして? そんなの簡単。ハンヤ帝国は地上ではなく、地下に存在する国だから。僕たちにとって〈空〉とはすなわち〈天井〉であり、当然、〈天井〉に〈太陽〉や〈月〉や〈星〉が存在するはずもない。僕もソワレも、生まれてからの二十年間、ずっと地下で生きて来た。〈地上〉や〈空〉や〈太陽〉などのことは、全部、本で知った。

 だけど、ハンヤ帝国だって最初から地下に存在していたわけではない。以前は、地上に存在していたという。博士などは、人生のうち、地上での生活のほうがまだ長いと言っていたっけ。

 帝国が地下に移ったのは、今からちょうど三十年前のこと。きっかけは、四十年前の原子力発電所の事故だったらしい。それに加え、当時は工業の発達による公害問題などもあって、地上は人間が健康的に住むには適さない環境となりつつあった。

 原子力発電所にしろ、様々な工場にしろ、問題点は多くあれど、便利なのに変わりない。けれど、やっぱり近くで住むには危険だ。

 ならば、いっそ、人間は地下に移住してしまえばいいのではないか。どうせ、地上はもう汚染されていて、それを元に戻すには相当の年月と莫大な予算を必要とする。同じ年月と予算を投じるのならば、新しい環境で新しい生活を始めようじゃないか。人間は安全な地下に暮らして、便利だけど危険な原子力発電所や工場は地上に残せばいい。地下からコンピュータで管理して、なにかあればロボットにすべてやらせればいい。

 この案は可決され、結果、僕たちは今、地下にいる。地上に出ることは許されない。罰則も設けられているはずだ。

 今や、地下での生活に、国民のほとんどは納得している。死ぬまで地下の世界で生き続けることが、当然のこととなりつつあった。今の小学生たちは、約半数が〈空〉や〈太陽〉、〈月〉などの存在を知らないという。

 しかし、地下に移ってから今まで、何の問題もなかったわけでもない。地下での生活に疑問を持つ者も当然いた。〈空の会〉がその筆頭だろう。

 今から十数年前、「人間は地上で生活すべきだ」と訴える〈空の会〉が結成された。〈天の遣い〉を名乗る宗祖を中心に、家庭内に問題を抱える者、病気に苦しむ者など何かしらの苦しみを抱えている人々が集まって〈空の会〉はみるみるうちに巨大化していった。〈空の会〉の会員たちは皆、自分らの問題の解決の糸口を地上の世界に求めようとしたのである。

〈天の遣い〉を名乗る宗祖は、恐らく天使を意識してのものなのだろう、一面に隙間なく白い羽を縫い付けたローブを、常に身にまとっていた。それだけでなく、会の所有する施設内にもあちこちに白い羽を飾っていた。この羽は、〈空の会〉が飼育していた鶏からむしりとったものだったらしい。

〈空の会〉は帝国政府に対し、地上での生活が出来るよう原子力発電所を全て廃炉にするよう訴えていた。当然、帝国政府がその訴えを聞き入れるわけがない。まして、相手は宗教団体である。まともに相手にするだけ時間の無駄、それどころか、今後、足手まといになる可能性があるとして、政府からは危険視される存在となっていた。

 それだけではない。会がひそかに〈人工生命〉を作り出す研究をしているらしいという噂が、余計に警察の神経を尖らせた。下手をすると、警察よりも優れた科学技術を持っている恐れがある。間違いがある前に、危険な芽は早く摘んでおかねばならない――。

 そして、十年前の某日。〈空の会〉が首相官邸に乗り込み、発電所廃炉を訴えるつもりらしい、という情報を得た警察は先手を打つ形で〈空の会〉の施設を襲撃した。会員はすべて危険人物のため、皆殺しにしても構わない、というのが当時の警察の判断だった。

 結果、教祖は警察の銃弾に倒れ死亡。その他、多くの会員が命を落としたこの事件は、ハンヤ帝国史上重要な事件の一つとして数えられている。

 僕は横を歩くソワレの顔を盗み見た。彼は僕の考えていることなど知るはずもなく、まっすぐ前を見て歩いている。

 ソワレは〈空の会〉の生き残りだった。

 といっても、本人は熱心な信者ではなかったらしい。彼の両親が宗祖に心酔していたため、当時十歳かそこらだった彼も、一緒に会の施設で生活せざるを得なかったようだ。詳しくは分からないけど、ソワレ自身は〈空の会〉のことを憎んですらいるみたいだった。つまり、〈空の会〉の生き残りとして警察庁に復讐するつもりはない、のだと思う。

 ただ、警察庁内にはやはり、彼を異端視する者も多くいる。そもそも〈空の会〉の生き残りを採用するなんて、警察庁の人事は何を考えているのか、ソワレはゆくゆく、警察庁を内部から崩壊させるつもりではないのか、など、様々な噂が飛び交った。一方で、警察庁トップは〈空の会〉が行っていたという〈人工生命〉の研究について知るために、わざとソワレを採用したのではないか、という話も耳にした。

 それに対して、ソワレ自身は、なにも語ろうとしない。周囲に好きなように言わせるがままだ。こいつはいったい、何を考えているのだろう――?

「どうかしたか?」

 どうやら、無意識のうちに顔を見つめてしまっていたらしい。ソワレが怪訝そうに僕の顔を見てきた。

平行線の二重瞼に、黒々とした瞳にドキリとする。と同時に羨ましいと思う。僕も、こんな風に黒い瞳なら良かったのに。ハンヤ帝国の人間の大多数は、瞳の色は黒だった。あとは、茶色がちらほらいるくらい。

僕は自分の目がコンプレックスなのだ。ただでさえ、生まれつき他の子と違うのに、小さい頃、目の際に傷を負ってしまった。その痕はまだ残っている。おかげで、僕は常にサングラスを手放すことが出来ないでいる。当然、今も、だ。

「いや、あの……博士のことといい、最近、妙なことが続くなと思って」

 なにもないよ、で済ませば良いのに、つい、そんなことを口走ってしまう。ソワレが不思議そうに首を傾げた。

「他に何かあったか?」

「ほら……副長官とかさ。最近、ちょっと様子が変なんだよ。お前も気づいてるだろ?」

「ああ、まあ……」

 ソワレは少し、顔を歪めた。副長官のことを良く思っていないのが、ひしひしと伝わって来る。

 警察庁副長官・ランシーは〈空の会〉糾弾を率先して行った人物の一人だった。それだけでなく、十年前の〈空の会〉襲撃の際の主導者の一人でもある。十数年前から、彼は大の〈空の会〉嫌いとして知られていた、らしい。

 そのためだろう。彼は、〈空の会〉の生き残りであるソワレを嫌っていた。嫌ったうえで、揶揄い、おもちゃ或いはストレス発散の道具として扱っていた。

 さすがに暴力を振るいはしなかったが、ことあるごとに意地の悪い笑みを浮かべながら、〈空の会〉の宗祖の真似をしてみろ、だの、そんなに空が好きなら上だけ見て歩いとけ、などと言っては笑っているのを、何度か見かけたことがある。

 これが同期の刑事なら、僕だって止めに入っただろう。だけど、相手は副長官。しかも、ランシーは五十七歳でありながら身長は百八十センチをゆうに越え、日々のトレーニングの賜物らしい筋肉はまるで鋼のようだった。僕なんかじゃ、太刀打ちできない。ただ、黙ってみているしかなかった。

 ソワレも、抵抗のしようがないらしく、いつも黙って俯いている。僕は「気にすんなよ」なんて白々しい言葉も吐けず、ただ、ランシーが去った後に「飯、食いに行こう」とか、「今夜はデザートでも食おう」なんて声をかけるのが精いっぱいだった。

 それが、ここ数日は本当に変なのだ。

「なんていうか、ちょっと気持ち悪い」

 ぼそり、とソワレが呟いた。

「変に絡んでこなくなったのは良いけどさ、妙に優しくされると、それはそれで……」

 うん、と僕も頷いた。

 確かにソワレのいうとおり、ここ数日、副長官はソワレに対して揶揄するような言葉はかけていない。それどころか、顔をあわせるたびに、慈しむようなまなざしを向けるようになった。

「この間、親子丼、奢ってもらってたよな、食堂で」

「カツ丼だよ。迷ってたら、勝手に注文された。お金も払ってくれたから、良かったけど……僕、近いうちに処刑でもされるのかね?」

「最後の晩餐に食えってか? まさか。いくら副長官といえど、なにも悪さをしていない刑事を処刑することなんてできないよ」

 ソワレは納得いかないように表情を曇らせた。

 そんなことを話しているうちに、目の前に南棟が見えて来た。北棟周辺の騒がしさが嘘のように、南棟はシンと静まり返っている。人の気配も感じられない。

 南棟の出入り口前に設置されているゲートを通り、中に入る。ピピッ、と軽やかな電子音が二度鳴った。

 棟の前には、アーチ型のゲートが設置されている。これは〈DNA個別認識セキュリティシステム〉と名付けられていて、その名の通り、DNAによって個人を識別できるセキュリティシステムだ。

 あらかじめ、個人のDNAを登録しておいて、その登録された人間だけがゲートを通ることができる。登録されていない人間が通れば、警告音が鳴ると同時に北棟の〈警察庁管理室〉へ連絡が行く、というシステムだ。

 螺旋階段を使って、地下へと降りる。

「なあ、開発室って、具体的になにしてるんだろ?」

「色々、だろ。〈DNA個別認識セキュリティシステム〉を作ったのは博士だし、サプリメントを作ったりもしてるらしいし」

サプリメント?」

「うん。知らない? ちょっとした評判だぜ」

 知らなかった。

「ビタミンとか、そういうの?」

「うん。プロテインの類とか。あと、レーシック手術も始めたみたい。だから、最近は、昔よりは人が来るようになったって聞いたんだけど」

「……へえ。なんか、意外」

 ジュルネ博士は、僕から見てもなかなかの人間嫌いのようだった。そんな彼が、わざわざ人を集めるような真似をするなんて、やっぱり、妙だと思う。

「色々やってるんだな」

「昔からね」

 ソワレはちょっと、肩を竦めた。

 階段を降りきると、目の前にステンレス製の扉。その横には、〈特別科学研究開発室〉と毛筆で書かれた木の板がかけられている。

 ひとまず、軽くノックしてみる。返事は、ない。

「ノックなんかしても無駄だよ。博士、ずいぶん耳が遠くなったみたいだから、いたとしてもノック程度じゃ聞こえない。それに、この扉、分厚いからノックが向こうまで聞こえてるかどうかも、怪しいモンだよ」

 いい終わらないうちにソワレは扉を押し開けた。音をたてることもなく、静かに開く扉。少し隙間が開いただけで、中から薬品の臭いがツンと鼻を突いてきた。

「博士ー」

「こんばんはあ」

 二人で声をかけるが、返事はない。中を覗き込んでみると、そこに人影はなかった。

 思っていたより広く感じられないのは、物があふれかえっているせいだろうか。

 オレンジ色の蛍光灯に照らされた室内。中央には大きな手術用のベッドが一つ。その周りを囲むように、背の高い戸棚。中には、様々なサイズや色の瓶が並んでいる。ベッドの横のテーブルには、銀色のメスが何本も。蛍光灯の光を受けて、鈍く光っていた。汚れているように見えるのは……血……かしらん……?

「博士ー?」

「いませんかあ?」

 やはり、返事はなかった。ソワレと顔を見合わせる。

「奥の方に部屋って、あるかな?」

「行ってみる?」

 ソワレにいわれ、僕は少し躊躇った。この薄気味の悪い部屋に足を踏み入れるのは、ちょっと勇気がいる。臭いも酷かった。鼻の奥を突いてくるような薬品の臭いにくわえ、鉄分……これは、血の臭い?

「……うん」

 覚悟を決めて、ソワレと共に室内に足を踏み入れる。臭いがより一層、強くなる。思わず、むせてしまった。

「なんか、臭くない?」

「薬品の臭いだろ。仕方がないよ」

 ソワレは、僕ほどには不気味がっていないようだった。

「ここ、来たことある?」

「一、二度だけね。博士においでっていわれて」

 それでか。通りで、堂々としているはずである。

 ソワレはきょろきょろと部屋全体を見回した後、

「こっちかもしれない」

 と言って、部屋の奥の方へ進んで行った。僕も袖で鼻と口を押さえながら、それに続く。

 棚の陰になって見えづらかったけれど、そこにはもう一つ、小部屋があった。扉で区切られてはおらず、灰色の暖簾が一枚、さげてあるばかりである。

 小部屋には、ドラム式の洗濯機がひとつあるきり。博士が使っているのだろう。

 ソワレが洗濯機の蓋に手をかけた。

「え? 開けるの?」

「一応」

 いうや否や、ソワレは迷いなく扉を開けた。ばこん、と派手な音をたてて開く蓋。

 そして、洗濯機の中を覗き込んだ僕たちは、揃って、は、と息を飲みこんだ。僕など、危うく呼吸するのを忘れるところだった。

 籠の中では、血まみれになった博士が、身体を丸めて死んでいた。

 

***

 

 それから後のことは、いまいちハッキリと覚えていない。

 ソワレと一緒に南棟を飛び出し、一目散に北棟へ向かったことだけは覚えている。どちらがいい出したわけでもないけれど、僕たちは迷うことなく捜査一課のある五階へと駆けのぼった。上司が一人、残業していたのは幸運だった。

 上司と共に死体を確認しに戻ったのが、午後十一時過ぎ。そこからがてんやわんやの大騒ぎだった。

 捜査一課の数名は叩き起こされ、現場に駆り出されるわ(当然、僕たちも手伝わされた)、鑑識課の人たちも当然、巻き添えにされた。皆、眼をこすりつつ、それでも現場を一通り調べ、死体を運び出し、午前六時頃、ようやく解放された。

 先輩刑事たちには「死体を見つけるなら、昼休みとかにしろよ」と小突かれたが、そんなこと、僕たちにいわれたって困る。

 その日一日、臨時で休みをもらえた僕たちは、おぼつかない足取りで寮の自室へと戻り……ベッドにダイブした瞬間、眠りに落ちてしまったらしい。

 次に気がついたのは、午後一時を過ぎてからだった。

 シャワーを浴び、服を着替える。少し伸びた髭を剃り終えるころには、頭もだいぶハッキリしてきていた。

 さあ、どうしよう? 普段なら、せっかくの休みを無駄にするものかと、寮の図書室で読書をするか、交流室へ行ってその場にいる奴らとトランプゲームに興じるところだけど。

 今は、そんな気分じゃなかった。ちょっと考えて、部屋を出る。目的地はすぐそこ。隣の、ソワレの部屋だった。

 手の甲で扉をノックすると、しばらくしてから扉が開いた。隙間から、ソワレが顔をのぞかせる。ほんのり、甘い香り。シャンプーだろうか。柔らかそうな黒髪が、ふわりと揺れた。

「な、メシ、食いに行かない?」

「行く」

 聞けば、ソワレもつい先ほど起きて、風呂からあがったばかりなのだという。

「眠れた?」

「まあまあ」

 少し、ホッとする。ソワレは、僕よりもずっと、博士と親しくしていたようだから、ショックを受けて不眠症にでもなっていたらどうしようと心配だったのだ。

 昼休みの時間からは外れるからだろう。食堂にいる人の姿はまばらだった。

 僕は豚骨ラーメン、ソワレはベジタブルカレーをそれぞれ注文し、席につく。窓際の席が、僕たちの定位置だった。

 カレーをぱくつきながら、ソワレの視線は窓の外へ向けられている。話しかければ、きちんとこちらを向く。けど、食堂にいるときは、ソワレはいつも窓の外ばかりを見ていた。窓際の席が定位置になったのも、それが理由だ。

 ソワレがなにを見ているのかはわからない。食堂は北棟の最上階・九階にあるから、窓からは警察庁の施設や街の様子を見下ろすことができる。けれど、ソワレがそれを楽しんでいるようには見えなかった。毎日、変り映えのしない薄暗い景色。そんなものを見て、飽きないのだろうか。

「なあ、ソワレ」

「ン」

 ソワレはひょいとこちらに顔を向けた。

「いつも窓の外見てるけど」

「うん」

「面白い?」

「……面白くはないよ」

「じゃ、どうして見てるの」

 答えが返ってくるまでに、一拍、間があった。

「天使」

 思わぬ言葉に、今度は僕の返事が遅れてしまう。

「……えっ?」

「天使だよ。知らない?」

「ええと……背中に羽が生えてる人、のこと?」

 きっと、僕は間抜けな表情をしていたことだろう。サングラスのせいで、ソワレからはよくわからないだろうけど。

「うん、それ」

「それが、ええと?」

「……待ってるんだ」

 僕は頭の中で、ソワレのいっていることの文脈を整理する。

「天使を待ってるってこと? この食堂で?」

 にわかには、信じがたかった。まさか、ソワレがそんな童話じみたことをいいだすなんて。

「うん。警察庁のこの建物って、帝国内じゃ一番高いだろ? それで、さ。天使って〈空〉から舞い降りてくるものだと思うから、じゃ、一番〈空〉に近いここが良いかなと思って」

「そりゃ、まあ、一番高いだろうけどさ……所詮、地下だぜ? 今、見えてんのは〈天井〉だよ。ホンモノの〈空〉との間には、地面が挟まってるの」

 思わず口をついた言葉だったけど、なんだかふざけたような物言いになってしまった。

 けれど、ソワレは怒ったりせずに真剣そのものの面持ちで「わかってる」と頷いた。

「けど、できるだけ、近づきたいんだ」

 あまりにも力強いその口調に、僕は内心ゾッとした。〈空の会〉のことが頭をよぎる。

〈天使〉、〈空〉……〈空の会〉が好みそうなワードだ。本人は嫌いだった、などといっているが、ひょっとして自分でも知らないうちに影響を受けているんじゃないだろうか……いいや、「嫌い」なんていっているのはポーズで、実際はそれなりに熱心な信奉者だったのではないか……。

「な、どうして、そんなに天使が見たいわけ?」

 僕の質問の意図を、ソワレは正確に読み取ってしまったらしかった。

「〈空の会〉は関係ないよ。僕、彼らのいうことは真面目に聞いちゃいなかったから」

「えっと……ごめん」

「怒ってないよ」

「あの……じゃあさ、どうして天使が見たいわけ?」

「見たいんじゃない、もう一度、会いたいんだ」

 もう一度……つまり、ソワレは一度、会ったことがある、というわけか。――天使に?

 サングラスで表情は見えないはずなのに、ソワレは僕の顔を見て、少し笑ってこういった。

「信じられないって顔してる」

「してないよ」

「してるよ。でも、本当に会ったんだ」

「いつ? どこで?」

 ソワレは舌の先をちろりと出して、唇を湿らせた。舌の赤色が、印象的だった。

「十年前、〈空の会〉の塔の中で」

「〈空の会〉に天使がいたのか?」

 ソワレはゆるゆると頭を横に振った。「違う」という意味かと思ったが、ソワレの口から出た言葉は「わからない」だった。

「あの子がどこから来たのか、わからない。あの頃には、〈空の会〉はだいぶ大規模になっていて、会員同士でも知らない人も多くいた。けど、会員ではなかったと思う。きっと、違うと思う」

「十年前の、具体的にいつ、会ったの?」

「事件の日」

 事件、というのがあの、警察庁による〈空の会〉襲撃事件を指していると、すぐにわかった。

「とんでもない日だったよ。いつもの通り、資料室で本を読んでいたら、突然、爆音が聞こえて……子どもも大人も、皆、銃で撃たれて死んでいった。手りゅう弾で十把ひとかけらに殺された人たちもいた。僕も、銃で撃たれて、死にかけて。そのときに、天使を見たんだ」

 僕は今度こそ、言葉を失ってしまった。

「天使は僕に、声をかけてくれた。『生きて』って」

 だから、とソワレは目を伏せた。そのときの情景を、思い出そうとしているみたいだった。

「もう一度、会いたいんだ。会って、お礼がいいたい」

「でも……死にかけていたときのことなんだろ? その、確かなのか?」

 声が上ずってしまう。

「絶対、現実だよ」

 その自信はいったい、どこから湧いてくるのだろう。僕は、こんなに自信満々なソワレを見たことがなかった。呆れるほど単純な事件の捜査のときさえ、こんな風に断言したりしないというのに。

「その天使のこと、どれくらい覚えてる?」

「綺麗な子、だったよ。僕と同じくらいの年頃に見えた。白い服を着て、白い羽が舞っていて……」

 その羽というのは、ひょっとしなくても〈空の会〉の施設中を飾っていた鶏の羽だろうが、と思ったが黙っておいた。

「綺麗な、瞳だった……それこそ、吸い込まれるような」

 目をコンプレックスにしている僕の前で、そんなこといわないで欲しい。どんな反応をすれば良いのやら……。ソワレは僕のコンプレックスのことも何も知らないから、仕方がないのだろうけど。

「えっと、とにかくさ。その……また、会えると良いな」

 これが、今の僕にいえる精いっぱいの言葉だった。

 

***

 

 翌朝。

 出勤早々、僕とソワレは捜査一課課長に呼び出された。

 書類に不備でもあったかしらん、でも、それなら課長じゃなくてまず班長に呼び出されると思うんだけども、なんてビクビクしていたら。

「お前らの所属班って、今、なにも事件抱えてないよな」

「え? はい」

 つい一週間前に、殺人事件を一つ、解決したばかりだった。ここ数日はその事件を報告書としてまとめ、整理する作業に追われていた。

「じゃあ、マチネとソワレ。二人でジュルネ博士の事件、あれの報告書、まとめといてくれ。鑑識からの報告は、ここに一通りあるから」

「え? まとめといてって……犯人、わかったんですか?」

 すると、課長は苦虫を噛んだような表情になった。僕、なにか悪いこといっただろうか?

「いいや。事故死として処理しろと、上からの命令だ」

「ええ?」

 僕は思わずソワレの顔を見た。ソワレも、戸惑ったような顔をしている。

「上って、どれくらい、ですか?」

 すると、課長は、今度は苦虫を噛み潰したうえで青汁を一気飲みした後のような顔になった。

「上は、上だ。とにかく。上層部としては、大事にしたくない、というわけだ。わかるだろう、お前たちだって。内部の犯行なのは、ほぼ間違いない。こんなこと、外部にしられりゃ大恥だ。だから、事故死で処理しようとしてんだ。ほら、理解したら、さっさと取り掛かれ」

 一息に喚きたてると、課長は鑑識からの資料を僕たちに押し付け、背中を向けてしまった。これ以上、取り合うつもりはない、という意思表示らしい。

 僕は手の中の資料と、ソワレの顔を交互に見ながら、

「どうする?」

「拒否権、ないでしょ」

 まったくもって、その通りだった。

 

 死因は後頭部の損傷によるもの。死後、三日から四日は経過している模様。室内中からルミノール反応が検出。被害者は開発室で日常的に生物実験を行っていたと考えられる為、残された血液の主が誰であるか判別するのは困難。

 開発室の扉の取っ手からは、複数名の指紋が検出された。一方で、博士の遺体が入れられていた洗濯機の蓋からは、ソワレと博士の指紋以外は検出されず。特別拭き取ったあとや、二人の指紋が不自然に欠けている痕跡もなし。

 ――鑑識からの資料は、だいたいこんな内容だった。

「大の大人が事故で洗濯機の中になんか、入るかっつの」

 つい、そんな悪態の一つもつきたくなってしまう。

「しかも、脳ミソがなくなるほどの損傷を負ってる。これ、どうやって事故死として処理すりゃいいんだ?」

「もはや、小説家の域だな」

 ソワレがうんざりしたように、資料を机の上に放り出す。まったくだ。プロの小説家だって、これを事故死というオチに持っていくのは困難じゃなかろうか。

「こんなむちゃくちゃなこという上の人って、誰だろうな?」

「さあ。ただ、課長の態度からして、ずいぶん、お偉方にいわれたんだろう。長官とか、副長官とか」

 まあ、警察庁の威信にかかわることだから、そのレベルの方々が口出ししてきたとしても頷ける。

「でも、どうして俺たちなんだろ」

「第一発見者だからだろ。面倒なことを見つけてくれやがって、っていう八つ当たりもあるかも」

 いい迷惑だ。

 ソワレは一度、机の上に放った資料を手に取って、

「ゲートの入退記録はないのかな。残ってるハズなんだけど」

「ゲートって?」

「〈DNA個別認識セキュリティシステム〉のゲート。あれ、誰が何時何分何秒に通ったかっていうのは、全部、記録しているんだよ。で、一週間分くらいはメインコンピュータの方に残してあるんだ」

「へーえ」

 初めて知った。

「南棟のゲートの記録が欲しいんだけど、ここにはないみたいだな」

「おい。そんなの手に入れて、どうするんだ。それじゃ、まるで犯人捜しをするみたいじゃないか」

「するんだよ」

「ンあー?」

 なにをいっているんだコイツは、と思うと同時に、やっぱり、とも感じていた。やっぱり、犯人を見つけ出さないと、スッキリしないだろう。ソワレは僕以上に、それを感じているはずだった。

「記録は管理室の方に申請すれば、一時間程度でもらえるはずだ。行こう」

 

 そして、一時間後。

 僕とソワレは、南棟の〈DNA個別認識セキュリティシステム〉の〈ゲート入退記録〉を挟んで、額を寄せ合っていた。

「……どう思う?」

「どう思う、とは?」

「ここからどうやって、犯人を見つける?」

 ソワレはふむ、と頷いた。

「博士を殺害し、洗濯機の中に押し込めるまでに、最低……十分は見た方がいい。棟に入ってから出るまでの時間が、十分を切っている者は、容疑者から除外していいだろう」

 なるほど。確かに、その通りだろう。いくら、博士が小柄で体力がないとはいえ、数分で殺害し遺体を隠せるとは思えない。

 結果、次のようなものができた。

 

〈十一月二十三日九時三十八分:ロバート入

        九時五十九分:ロバート出

 十一月二十四日二十時五十三分:ランシー入

        二十二時十五分:ランシー出

 十一月二十五日七時十三分:メルダ入

        七時三十五分:メルダ出〉

 

「――で、十一月二十七日の夜、俺たちが遺体を発見、と。この三人のうちの誰かかな」

「だと思う。他の来客者は、五分未満で出て行ってる。恐らく、博士が不在だった、あるいはすでに洗濯機の中に押し込められていたため会うことが出来ず、早々に出て行ってしまった、ということだろう」

 三人の容疑者の所属を、それぞれ確認していく。

 捜査二課のロバート。

 副長官のランシー。

 会計係のメルダ。

「な、ふと思ったんだけど」

 僕はふと、思いついたことを口にした。本当に、思いつきだった。

「副長官の様子がおかしくなったのって、二十五日からだった気がするんだけど」

「ああ……うん。二十五日からだ」

「これと、なにか関係あるかな?」

「博士を殺したから、僕に優しくなったって? どんな因果関係だよ」

 ソワレはありえないといわんばかりに首を振ったけど、僕は諦めきれなかった。だって、タイミングが良すぎるじゃないか。じゃあ、どういう因果関係なんだといわれれば、それまでだけど。

「とりあえず、この三人に話を聞いてみよう」

「ええ?」

 捜査一課の部屋を出て行こうとするソワレの腕を、僕は慌てて引っ張った。

「ちょっと待てよ。話を聞くって、事情聴取ってこと?」

「それ以外に何があるんだ?」

「何もないけど」

「じゃ、行くぞ」

「行かねえよ」

 思わず、ソワレの頭をはたいてしまう。人の話を聞け。

「お前なあ、俺たちは『事故として処理しろ』っていわれてんだぞ。なのに、事情聴取なんてしちまったら、それはもう殺人事件として取り組んでいるも同然だ。しかも、お前、容疑者には副長官も含まれてるんだぜ。ひょっとすると、課長のいってた〈上〉って副長官のことかもしれない。だとしたら、余計、事情聴取するのはマズイだろう」

 けれど、ソワレはあきらめなかった。

「じゃあ、こうしよう。事故として処理するために、話を聞かせてほしいとお願いするんだ。相手を殺人の容疑者だと疑っている素振りは、いっさい見せずに。開発室に行ったときに、なにか変わったことはありませんでしたか、って。それなら良いだろ?」

「……ま、まあ」

 けど、そんなに上手くいくかしらん。

 

***

 

 事情聴取一人目はロバート。

 ちょうど、喫煙所で一服しているところを捕まえることができた。他に人はいないし、静かで事情聴取には持って来いの環境だ。

 

せめて、事情聴取してから書くのやめろよ。

描きかけの原稿、多いなあ。

もちろん、きちんと書き上げたものもあるのですが、それは、某団体のホームページにて公開されているので、ここには〈ポイ〉しない。

このブログのことは、誰にも教えていないからね。

 

さてさて。4月のChageさんのファンミに向けて、いろいろ、することもあるし。

ていうか、それ以前に、レポート仕上げて、2月の試験に向けて、頑張らなくちゃ。

院に無事合格出来たら、ファンミに着ていく洋服買って、アクセ買って、あとバッグも!

コンタクトも欲しいなあ。気絶せずに済みたい……怖いな。